「お腹いっぱい」の人は何を食べるか

わたしはよくこんなたとえ話をします。テーブルにいろいろな料理が並んでいる。お腹が空いているときは、量が優先で、全部食べられるから、あまり好きでないものから食べて最後に好物を取っておこうと考えることもできます。

これに対し、お腹がいっぱいのときは、まず、テーブルに並んでいる料理の質に目を向けるでしょう。そして、見た目にも、一定以上の品質が確認できたうえで、好きなもの、そして、目新しいものだけを選んで食べようとする。

いまの社会はモノ余りで、消費者はお腹がいっぱいの状態にあります。一定以上の品質を実現したうえで、好きなものを食べる喜び、目新しいものにトライするワクワク感といった、お客様にとって意味のある体験、価値ある体験を提供できるものしか売れない。

鈴木敏文『鈴木敏文のCX(顧客体験)入門』(プレジデント社)

たとえば、なぜ紳士用のワイシャツは商売が成り立つのでしょうか。ビジネスマンなら、それなりの枚数をもっています。「タンスの中がいっぱいだからみんな買おうとしない」と、モノを量でとらえる考え方にしたがえば、ワイシャツの商売など成り立つはずはありません。

しかし、ビジネスマンも新しい年がきて、新しいファッションのワイシャツが出ると買おうとします。それはなぜなのでしょう。

服装に関して、人と同じでありたい、仲間入りをして外れたくないと思う同調心理と、もう一つ、「自己差別化したい」と思う自身の精神衛生の心理があります。新しいファッションのワイシャツを着用することにより、自己差別化という心理的・感情的な価値が得られると思えば、買うのです。モノ余りで消費が飽和していても、消費者は買うべき価値を感じれば、買う。安くても、買うべき価値を感じなければ、買わない。買い手市場の社会だからこそ、売り手の「売る力」が問われるようになっているのです。

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