ブッダを暗殺しようとした男の言い分

実はブッダに不満を持っていた弟子が存在しました。その代表はデーヴァダッタ(提婆達多)です。

デーヴァダッタは仏教のエピソードでは珍しいくらい「悪役」として語られる人物です。過去に過ちを犯してしまった者も、最終的には救われるエピソードが多い仏教説話でも、なんだかデーヴァダッタに対しては容赦がありません。一体どのような人物だったのでしょうか。

デーヴァダッタも最初はブッダの教えに共感した弟子の一人でした。彼はブッダよりも20歳ほど若く、ブッダの従兄弟であったと考えられています。

あるとき、ブッダの留守中、デーヴァダッタはマガダ国という大国のアジャータサットゥ(阿闍世)王子から庇護を受け、かなり羽振りがいい様子でした。大きな後ろ盾を得たデーヴァダッタは、ブッダの後継者は自分であると考えるようになりました。そして、ある事件が起こります。

ブッダが集会で説法を行っているときのことでした。ブッダの説法が終わると、デーヴァダッタが前に進み出ていいました。

「あなた(ブッダ)も高齢になられました。この教団は私に任せて、余生を静かにおすごしください」

驚くことに突然の世代交代宣言です。もちろん、ブッダはこれを拒否しますが、デーヴァダッタもなかなか引き下がりません。繰り返し三度も主張するので、さすがのブッダもついに声を荒げて言いました。

「サーリプッタやモッガラーナ(ブッダの弟子でも代表的な人物)にさえ、任せていないというのに、お前のような者に任せられるか!」

まさに「仏の顔も三度まで」です。大衆の面前で恥をかかされたと思ったデーヴァダッタはこの一件の後、ブッダを恨むようになりました。そして、あろうことかブッダの暗殺を企てて亡き者にしようとします。しかし、これらの計画はことごとく失敗に終わりました。

すると今度は、アジャータサットゥ王子をそそのかし、クーデターを起こさせるために暗躍します。王子の父であるビンビサーラ(頻婆娑羅)王は熱心なブッダの支援者であったため、自分の後ろ盾をより強固なものにしようとしたのでしょう。

結果、ビンビサーラ王はアジャータサットゥ王子に王位を追われ幽閉されてしまいました。一方、デーヴァダッタは教団内で五つの極端な苦行を定め、これを守るよう強要しますが、またもブッダに拒否されます。

そして、ついにデーヴァダッタは修行者500人を連れて、ブッダの教団から独立したのでした。しかし、すぐにサーリプッタやモッガラーナが出向き、彼の留守中に「真実の道」を説いてデーヴァダッタとともに離れた修行者を連れ戻します。その様子に気付き激怒したデーヴァダッタはあまりの怒りに血を吐いたと語られています。

デーヴァダッタの最大の問題点

ブッダを主軸に考えれば、デーヴァダッタの行動は後世の評価のとおりです。しかし、デーヴァダッタに視点を変えれば、行いの善し悪しはあるとしても、彼なりの主張が読み取れるのではないでしょうか。

例えば、とある会社の中堅社員が実績を積み、有力な顧客を獲得したとします。仕事に対する手応えもつかんでいる。そうなれば、「次は自分がこの会社を引っ張っていくのだ」という自負心も芽生えてくる。まして、リーダーはそろそろ引退を考えても不思議でない年齢になってきていたとしたらどうでしょう。

デーヴァダッタには自惚れもあったでしょうが、彼が「これからは若いオレの時代だ!」と主張するのも無理からぬ話です。まして、人前で叱責されたのであれば、プライドは大きく傷つき不満だって感じるでしょう。

実際、若い実力者が組織の世代交代を進めて、成功する話も耳にします。このデーヴァダッタの教団はその後も、ブッダの教団とは別の教団として残っていたという話もあるそうです。

デーヴァダッタの最大の問題は、ブッダに対して不満を持ったことではなく、自分の主張を退けられた後の行動でした。あのとき、ブッダから諭された言葉を受け止めて、自己の驕りを自覚することができていれば、彼もまた、優れた弟子の一人として後世に名を残していたことでしょう。