求められているのは“モノ”を売ることではない

配送員からはじまったぼくの家具屋人生ですが、前述のような問題意識の下、2011年、父から家業を引継ぎ、「リビングハウス」の3代目の社長に就任しました。

これまでお話ししてきたように、残念ながら、日本人の多くは「家を飾る」、「住みこなす」感覚に乏しいと言わざるを得ません。そもそもおしゃれな家に住んだ経験がないし、どうすればより良い空間をつくれるのか、その知識もない。

そういう中で、売り手に求められているものは何なのでしょうか。それは、「家具」という「モノ」を売ることではなく、モノを通して、その先にある住まい空間の価値を高める提案ができることです。

どういうことなのか。ぼくたちが日々どのようにお客様と向き合っているのか、その例をご紹介したいと思います。

たとえば、椅子を買いたいというお客様が来店されたとします。「しみがついたから買い替えたい」のだそうです。「せっかくだから、前よりもすてきな椅子がほしい」と。

一般的な家具屋であれば、お客様が求めている椅子をご提案して、それで終わりかもしれない。これは椅子Aから、椅子Bに変える、いわば、「点」としての家具の提案です。でも、ぼくたちの目指しているものはそうではありません。

撮影=小倉和徳

リビングハウスが目指しているもの

さらに質問を重ねます。「椅子を使って何をするのか」「どんな空間に置くつもりなのか」、ヒアリングを重ねていくと、次第に椅子の先に思い描いている“くらし”が見えてきます。たとえば、「1日のなかで、唯一家族と一緒に過ごせる夕食を、楽しく囲んでいる」というような情景です。

どうすればその時間や空間を、より特別なものにできるのか。これをご提案するのがぼくたちの仕事です。

北村甲介『「かなぁ?」から始まる未来 家具屋3代目社長のマインドセット』(幻冬舎)

ヒアリングの結果、いまのダイニングスペースは、白壁、白色光の殺風景な状態だということが分かりました。そうであれば、椅子という「点」にどれだけこだわっても、それほど効果はないでしょう。それよりも、照明を暖かい色のものに変えたり、絵画を壁にかけたりする方が、お客様の理想の空間に、より近づくことができるかもしれません。

お客様が本当に求めているものは「前よりもすてきな椅子」ではなかったわけです。極端なことを言えば、机を買いに来られたお客様に、「机じゃなくて絵を買った方が良いんじゃないですか」なんていうこともあるのです。一人ひとりのお客様から、言外の隠れたニーズをいかに汲み取り、解決策をご提案できるか。これが、売り手に求められていることだと思います。