嫌な上司に絡まれないための秘策

【池上】田中角栄の人生から学ぶべきことも、多岐にわたりますね。例えば人に頼まれて何かをやった時に、誰しも「お礼」を期待するわけです。そこには、自ずと「相場観」があるでしょう。ところが、角栄の場合には、その世間の相場をはるかに超えたお礼をする。まるで「謝礼の倍返し」のように(笑)。もらった方は、一瞬驚き、喜ぶのだけれども、実は知らずしらずそれが「重荷」にもなっていく。

【佐藤】文化人類学者、マルセル・モースの『贈与論』ですね。返せないほどの贈与をされると、それが権力関係になっていくのです。

佐藤優氏(写真提供=中央公論新社)

【池上】相場の返礼ならば、「私がやってあげました」になるんですよ。しかし、想定外のものを返されると、そうはなりません。申し訳なくて、強くは出られなくなります。必ずしもお金ではなくても、人間関係において、こういうことは起こると思うのです。面倒臭い相手には、逆に期待以上のものを渡しておいて、自分に近づけないようにするとか。

【佐藤】会社で仕事を頼まれたら、必ず相手の期待値を超えた成果物を返すようにする。あるいは、毎回、期限や納期の前に仕上げてさっさと渡してしまう。そうすれば、嫌な上司に絡まれることも少ないでしょう。

上が信頼できる人物である、あるいはいい関係を保つのが自分の利益になると考えられる場合には、ある程度分かる形で忠誠心を示すようにすべきでしょう。これは、「角栄サイド」から考えてみれば分かることで、上司は無能すぎる部下にも困るけれど、有能で忠誠心のかけらもない下が、最も嫌なのです。

【池上】忠誠心を示すといっても、イエスマンに徹したりすることだけではないんですね。例えば、今おっしゃったように、上司のためにその期待以上の仕事をするというのも、立派な忠誠心ですから。ただ、そういうところで「こいつの忠誠心は疑わしい」と誤解されないようにする。

【佐藤】そういうことです。