「援助」という名目で迫害が進んでいる

——ナチスのユダヤ人迫害と、中国共産党のウイグル迫害の最大の差異は、後者は“善意”でやっていることです。ゆえに“いいこと”を嫌がるウイグル族は潜在的なテロリスト予備軍として監視と改造の対象になるし、“いいこと”を悪く言うCNNやBBCのような海外メディアは「中国人民の感情を傷つける」敵だという理屈になるのですが。

熊倉潤『新疆ウイグル自治区 中国共産党支配の70年』(中公新書)

【熊倉】文化的ジェノサイドについては、中国語教育が現地語教育をなかば淘汰とうたする現象があります。中国の内地から、新疆に派遣された国語(中国語)の教員が中国語を教える。現地の中国語が上手くないウイグル族教員には失職する人も出ます。少数民族地域で民族語教育をおこなうことは少数民族区域自治法が認めているはずなのですが、現実には中国語の国語教育がおこなわれる。

——おこなっている側は“善意”でしょうね。貧しい辺境の、“テロリスト”の誘惑にさらされている少数民族に、祖国の言語を教えて偉大な中国の素晴らしさを伝える。たぶん、現場の教員たちはめちゃくちゃ“いい人”ばかりだと思います。中国共産党の若手党員にありがちな、みんなから好かれる真面目で働き者の青年たちでしょう。

【熊倉】その通りです。漢族のあいだでは、みんなから歓迎されるタイプ。そんな彼らがよく使う言葉が「援助」です。何も産業がない辺境を「援助」してあげていると。その言葉のグロテスクさについての自覚は決してないわけです。

ウイグル族家庭の「親戚」として送り込まれる共産党員

——グロテスクといえば、近年まで新疆のトップを務めた陳全国の親戚制度も相当なものです。多くは漢族からなる中国共産党員たちが、ウイグル族たちの「親戚」として、その家庭に入って「交流」する。

【熊倉】この「親戚」は、民族団結教育を行う。少数民族の家庭に入っていって、子どもたちと交流し、彼らを愛国心を持つまっとうな中華民族にしてあげる。中国語を学ばせ、中国は立派な国だと教えて「テロリスト」にならないようにするわけです。おこなっている側は“善意”ですよね。

——本書でも記述がありますが、親戚制度はもともと、中国の内地で共産党員が、貧しく身寄りのない人の「親戚」になって、面倒を見てあげる制度だったのですよね。古来、社会福祉が弱かった中国の社会では、親戚同士のネットワークがそれを代替していました。ゆえに親戚制度それ自体は、漢族の価値観では非常に人道的な発想から生まれたもののはずです。

【熊倉】その通り、「漢族の価値観では」いいことだと思っているんです。親戚制度に関係した中国の体制側の文書を読んでも、本当にいいことしか書かれていないんですよ。

新疆への「援助」(=援疆)を伝えるホームページ。海外から見るとジェノサイドだが、中国は主観的には“いいこと”をやっていると思っているのだ。(「新疆・民生網」より)

——学校教育が中国化し、家庭には共産党員の「親戚」を送り込む。いっぽう、監視カメラのような電子的な人民管理手段もおこなう。逃げ場がありません。それが“善意”にもとづくとはいえ、相手にはありがた迷惑。中国共産党の現地の支部は、この行為のおかしさを自覚できないものなのでしょうか。

【熊倉】反論を許さない雰囲気で決定がなされているからだと思います。そのときの指導者が視野の狭い人だった場合、客観的に見ればおかしなことでもそれが見落とされたまま部下に命令が出され、現場でそれが実行されてしまう。現在の新疆トップの馬興瑞は、前任者の陳全国よりも開明的だと言われていますから、多少はマシになってくれることを祈りたいですが……。