中国当局が否定する「流出文書」の真偽は?
——書中では、新疆での弾圧の実情を伝える流出文書「新疆文書」(Xinjiang papers)や「中国電文」(China cables)への言及もあります。これらの文書の信憑性はどう考えますか?
【熊倉】ひとつひとつの文書について、信頼性を100%実証することは難しい。ただ、他の公開情報と突き合わせて、おおむね妥当な情報が書かれているという判断は可能かと思います。もっとも、拙著の記述の大部分については、流出文書ではなく公開情報にもとづいて書きました。
なにより「一連の流出文書が国際的な対中国姿勢に影響を及ぼした」という現象自体が、ある意味では文書の内容そのもの以上に、新疆の現代史を考えるうえでは重要だと思っています。
——近年、中国政府に近い主張をおこなう日本人ジャーナリストや、SNSでの過激発言で有名な中国駐大阪総領事のフォロワーになるような人たちは、欧米メディアの新疆報道を強く否定しています。
【熊倉】欧米メディアの報道内容は、それほど事実から乖離していないように思えます。ただ、中国国内の事情に疎いような印象は受ける。ゆえに中国を知らない人には分かりやすいのですが、知っている人には肌感覚として違和感を覚える切り口で情報が発信されがちです。中国人や中国通の日本人を説得できる報じ方になっていない。この点に歯がゆさを感じて、認識の差をすこしでも埋められるような本を書きたいと考えました。
中国共産党が“善意”で進めるジェノサイド
——近年の中国社会に顕著なのが「安定した日々を送りたい」(穏定)という多数者の望みが、政府の強権的な政策を後押しする構図です。たとえばロックダウン下の上海で老人や妊婦が危険にさらされても、ゼロコロナ政策は大多数の中国人の希望には合う。「ウチにコロナ来ないからOK」ということです。ウイグル族が強制収容される職業訓練センターも、仮に施設の実態を知っても「テロリストが改造されるなら別にいいや」と考える人が相当多くいるはずです。
【熊倉】新疆の少数民族弾圧は、2010年代の中国世論の圧倒的な支持の下で展開されたといっていいんです。しかも2010年代なかばまでは、「反テロ人民戦争」とテロリストに鉄槌を下す雰囲気だったのが、やがて教育なり職業訓練なりを施そうとなる。
しかも中国の文脈では、これは“善意”の行為なんです。中国での社会的上昇の道を与えるため中国語を教えてあげる、中国人として生きられるよう職業訓練をしてあげる。こうした中国内地の論理が、多数派の中国人(漢族)自身の間ではなんら問題にされてない、このこと自体が大きな問題です。