妹に託した「兄の救出作戦」開始
第1のミッションは、兄の部屋に「どうしても話したいことがあるから、ぜひ時間を作ってほしい」とメモを残すことだ。
これにリアクションがなければ、両親が不在の時間に兄の部屋をノックして話す機会を持ってほしい。ここでもリアクションはないかもしれないが、その後も機会をうかがいドアをノックすることは続けてほしい。
そこで、もし仮に兄が顔を出したら部屋に入り、話をしてほしい。その内容は自分が大学に行くことの許可を得ることと、兄の本棚を見て妹自身が興味を寄せられるマンガかライトノベルを貸してほしいと頼むこと。これが第2のミッションである。
一つ目は、妹が兄に敵意を持っていないことと、自分だけが順調な人生を歩むことへの罪悪感の表明である。実際、妹は多額の学費がかかる大学に進学することに対し小さな罪悪感を抱いており、この問いかけは嘘や方便と言えるものではなかった。
二つ目は、今後、兄との会話の道筋を残すことが目的である。そもそも妹はマンガ好きで、この依頼はむしろ進んでできることだろう。兄の部屋には相当数のマンガ、ライトノベルがあることはアマゾンの購入履歴から把握済みである。結果、もしこの関係が成立すれば、兄の引きこもりからの脱出は一気に現実味を帯びてくる。
兄はすんなりドアを開けた
妹は年末の押し詰まった頃、第1のミッションを実行した。寝る前に兄の部屋の扉にメモを挟み、翌朝確認したところメモは消えていた。明らかに読まれている。が、兄からのリアクションはない。
数日後、年を越して何日か経ったある日、彼女は両親が揃って出かけた際に第2のミッションを実行した。妹が兄の部屋をノックするのは何年ぶりか思い出せないほどだった。期待はしていなかった。
が、意外にも兄はすんなりドアを開け、「なに?」と問うてきた。その反応に驚きながらも彼女が「話があるから部屋に入ってもいいかな?」と頼んだところ、兄はしばしの沈黙のあと、「少し時間がほしい」と返答してきた。そして約1時間後、妹を呼び自室に招き入れる。
部屋は整頓されており、マンガ、ライトノベル、小説が整然と並んでいた。妹は兄と向き合い「この春から大学に進学にすることになった。自分だけ大学に行くのは悪いと思ってるんだけど、なんとか許してもらえないだろうか」と告げた。対し兄はひどく驚いた様子で「いいよ。自分のことは気にしないでくれ」と答える。これまた意外な反応だった。
続いて、妹は兄の本棚を見渡し、まとまった冊数のマンガを手に取り「これを貸してほしい」と頼んだ。兄は素直に「いいよ」と答え、妹はマンガを手にして部屋を出る。第2のミッション成功。私もここまで簡単に事が運ぶとは予想もしなかった。