「俺には金以外の武器はない」という割り切り

【佐藤】それでも、金脈問題で止まっていたら、まだ復活の目はあったのかもしれません。ロッキード事件で、返り咲きの夢はついえました。それにしても、河川敷を利用した「錬金術」は見事でした。

【池上】2019年の台風19号で、長野県を流れる千曲川が氾濫して、大きな被害が出ました。あの千曲川が新潟県に入ると信濃川になります。やはり氾濫しやすかったわけですが、そんな川の河川敷をある日突然、「売ってくれませんか?」という会社が現れた。しょっちゅう水に浸かる利用価値が低い土地だから、地主たちは喜んで売りました。ところが、その直後、当時の建設省が堤防工事を行うことになり、河川敷は水没することのない一等地に早変わりです。

佐藤優氏(写真提供=中央公論新社)

【佐藤】角栄のファミリー企業群がおよそ5500万円で取得した土地が、80数億円にハネ上がったと言われています。

【池上】上場直前の優良企業の株を手に入れるような「インサイダー取引」です。ただし、田中角栄が他の人と違ったのは、そんなことまでして金を作りながら、それが自身の蓄財のためではなかったことです。本物の苦労人であるがゆえに、人間心理をよく掴んでいた彼は、自分のやりたい政治を実現するためにお金を使いました。

【佐藤】もっとも一部は自分の家族のために残したと思います。佐藤栄作は、自分の後釜として田中と福田を競わせました。ただ、腹の中では、福田で決めていたのです。角栄としては、福田の後塵を拝するわけにはいかない。ならば、形勢をどう引っくり返すのか。俺には金以外の武器はない、というドライな割り切りもあったのだと思います。

【池上】その使い方がまた、上手だった。例えば、越山会の人たちが、密かに地元で集めたお金を、目白の「田中御殿」まで持っていく。そうすると、「いや、ご苦労さん」と言って、そのかなりの部分をがばっと掴んで、参上した人に渡すわけです。誰もが、この人のために頑張ろう、という気持ちになるでしょう。

あるいは、政治家などとの密会のために料亭にいけば、下足番に当時のお金で一万円を渡す。そうすれば、新聞記者が「誰と会っていたんですか?」と聞いても、絶対にしゃべりません。