政治家「田中角栄」をめぐる企画は、テレビや雑誌などで何度も繰り返されてきた。なぜ日本人は田中角栄が大好きなのか。池上彰さんと佐藤優さんの共著『組織で生き延びる45の秘策』(中央公論新社)より一部を紹介しよう――。(第2回)
田中角栄(1918〜1993)
1972年、内閣総理大臣就任。就任直後に訪中し、「日中共同声明」を発表。74年、月刊誌が田中ファミリー企業の「錬金術」を暴くと一気に逆風が吹き、辞任。辞任後、76年に米・ロッキードの機種選定をめぐって収賄罪で起訴され、83年に東京地裁で有罪判決を受けた。

いつまでも語り継がれる「角栄神話」の根強さ

【佐藤】2021年の初めに、小説家の真山仁さんが『ロッキード』という分厚いノンフィクションを出して、順調に版を重ねているようです。

【池上】元総理・田中角栄が収賄罪などで有罪判決を受けた「ロッキード事件」を再検証するという触れ込みです。中でいろいろ語っているNHKの社会部記者の人たちとは一緒に仕事をしていて、話を聞いてもいましたし、当時私自身も取材に関わったりしていたこともあって、驚くような新事実が明らかにされたという感想は、私は持ちませんでした。

【佐藤】こういう企画が成り立つということ自体、田中角栄という政治家の凄さ、「角栄神話」の根強さを証明していると思うのです。いつまでたっても人々に忘れられることなく、語り継がれる人物です。まるで菅原道真のようだと思っています。

当時はみんなが田中金権政治を批判したのですが、今から思えば、「あの時代は良かったなあ」という感慨のようなものが、私たちくらいの世代から上にはあるわけです。だから、そういうものと重ね合わせて、時代の節目みたいなタイミングで亡霊のごとく現れる(笑)。

「コンピューター付きブルドーザー」という異名

【池上】「神話」の底流に田中角栄という政治家の「特異な」出自があるのは、言うまでもありません。新潟の寒村に生まれ、上京前の学歴は高等小学校卒。当時は尋常小学校の上が高等小学校でしたから、今のイメージだと中学卒でしょうか。

池上彰氏
池上彰氏(写真提供=中央公論新社)

【佐藤】あの世代だと、高卒に近い感じがします。旧制中学への進学率は低くて、現在の大学ぐらいの感じだったはずですから。しかも、当時の高等小学校のカリキュラムというのもとてもしっかりしていて、算盤はもちろん簿記も習ったりしていた。いずれにしても、学歴が高くないとはいえ、頭脳明晰な人物だったことは確かです。

【池上】「コンピューター付きブルドーザー」などとも言われましたね。

上京してからは、中央工学校の夜学に通って建設業で名を成した後に、雪深い新潟の人たちのために、と政治家になった。そして、帝国大学卒のエリートばかりの中で、自分の力ひとつで総理にまで上り詰めました。

【佐藤】当時の日本の政治は、ヒトラー時代のドイツのようなものでした。ドイツで帝国の宰相になることができるのは、将軍か大学出か以外にはあり得なかった。日本でも、帝国大学や早稲田みたいなところで高等教育を受けていない人間が総理大臣になるなど、考えられないことだったのです。

【池上】だからこそ、田中角栄総理が誕生した時、国民は「今太閤」だと拍手喝采しました。学歴がなくても国の政治のトップに立つことができるんだ、と。ある種の夢を当時の人たちに抱かせるような存在になったわけです。