「大変なものを生んでしまった」
はじめて出産した次の日の朝、私は真っ白な灰となり「大変なものを生んでしまった……」と絶望した。
入院先が「完全母子同室」の産婦人科だったため、夜6時に生まれてその2時間後から育児が始まった。早朝になるまでたったの8時間で、人間の赤ちゃんの世話をすることがどれだけ過酷なことかを十分に理解した。
赤ちゃんはすごくカワイイが、泣き出すとみるみる顔が真っ赤になって中心にしわが寄って硬い梅干しのようになる様子が強烈に怖かった。
性器がビリビリに破け疲れきってボロボロの状態で、カワイイと怖い梅干しを行ったりきたりする生き物と個室に二人きり。そんな異常空間で、泣きの訴えはただひたすら全力で私一人に向かっている。逃げられない恐怖。
最もこわいのは、泣き声を聞くと自分の体が自動的に動き、吸われすぎて皮膚がちぎれて激痛になっている乳首をまた赤ちゃんの口に当ててしまう、自分の体が今までにないムーブを次から次へとやること。今までの私は、もうどこにもいなくなってしまったかのようで。
妊婦の時は「陣痛は痛いよ~」と知人からも見知らぬ人からも、面と向かって言われることが何十回とあった。しかし生んだあと赤ちゃんを連れて歩いていると「大変でしょ?」と言われるようになる。不思議なことに「陣痛、痛かったでしょ?」とは誰も言わないのである。「寝れなくて大変でしょ?」「小さいと大変でしょ?」とにかく「大変」以外の表現が何もない世界に突如囲まれる。
それは「大変だったら私がベビーシッター代を出してあげるわよ」とかそういう話ではなく単なるコミュニケーションなので「そうなんですー、大変です。でも赤ちゃんがかわいいからへっちゃらです」という返答が一番無難で好まれる。ということを私は学んでいった。