診断が曖昧なまま抗菌薬を長期処方すると危ない
もちろん問診は電話やインターホン越しでも何ら問題はない。だが咽頭所見の診察、頸部リンパ節の触診は対面診療を行わなければ不可能だ。テレビ電話のような機器を用いたオンライン診療であったとしても十分だとはとても言えない。
これらが十分に行えないとなれば、客観的に判断可能な証拠に頼らざるを得ない。つまり検査だ。しかしこれもオンライン診療や電話では不可能だ。つまり、ポストコロナで発熱者や風邪症状を有する人に対する診療体制を「非対面」に変えてしまった診療所においては、溶連菌感染症の見逃しが起きている可能性が懸念されるのだ。
「診断がハッキリしなくても、とりあえず薬だけ出してくれれば良いではないか」との意見もあるかもしれない。しかし溶連菌感染症の治療は抗菌薬だ。しかも5〜10日間という長い期間にわたって内服させる必要がある。これは「普通の風邪」には絶対に行うことのない“特殊な治療”だともいえる。
コロナ上陸直前に上梓した拙著『病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ』(角川新書)にも書いたように、以前は「普通の風邪」にも抗菌薬を当たり前のように処方していた医師も少なくなかった。しかし耐性菌が問題となっている昨今、抗菌薬の濫用は行ってはならない医療行為のひとつだ。家庭内に感染者が存在し、本人も溶連菌感染症に矛盾のない症状を呈しているという「限定的な状況」を除いては、診断が曖昧なまま抗菌薬の長期処方などすべきではない。
ウイルス性胃腸炎、食中毒、急性虫垂炎も…
疾患の見逃しは他にも起こりうる。現在主流となりつつある変異株「BA.5」では、下痢や嘔吐といった消化器症状を呈することがあるとされるが、かといって発熱、下痢、嘔吐の症状がすべて新型コロナウイルス感染症かといえば、もちろんそうではない。
他のウイルス性胃腸炎ということもあろうし、カンピロバクターなどの食中毒であることも少なくない。また急性虫垂炎など早急に治療を要する疾患であるかもしれない。これらも直接の身体診察をしないと見逃され、重症化するまで放置されてしまう危険がある。
ポストコロナにおいて非常に懸念されるのが、こうした過去には起こりえなかった診療スタイルの変化に伴う「見逃されリスク」だ。これらを解決するには、一日も早く、コロナ上陸以前の“まっとうな診療スタイル”に戻すことは言うまでもないが、感染力が非常に強いウイルスを扱わざるを得ない現況を今すぐ変えられるものでないことを鑑みれば、1カ所でも多くの診療所が、発熱者や有症状者の診療に参加できるよう、行政がより積極的に対策を打つことが重要だと考える。