緩和ケアにかかわったからこそ言えることがある

私の患者さんは、全員がんを放置しています。目に見える大きな腫瘍を、首や胸、腹部などに抱えて生きている人もいます。治療するよりも、生きることを上手に支えてあげたほうが、むしろ長く生きられると思っています。病院の医師はこのことを知りません。でもそれは、仕方がないことです。

このフレーズに関してのもう一つの疑問が、「治療したとき」と「治療しなかったとき」をくらべてもいないのに、「治療すれば大丈夫」「治療しなければたいへんなことになる」と伝えている点です。

医師は、治療した場合の生存率や死亡率を提示することはできます。しかし、治療しなかった場合の生存率や死亡率を伝えることはできません。そんなデータは取られていないからです。つまり、「治療しなければたいへんなことになる」は、医師が自分で経験してきた限定的な治療経験だけを根拠に話しているフレーズだといえます。

しかしこれは、医師が責められることではありません。医師は一般市民にくらべて、恐ろしい場面をたくさん見てきているため、それが真実、それがすべてだと思って「善意」から説明しているのです。人は自分で経験したり学んだりした狭い範囲の事柄から、物事の見方ができあがっていきます。私を含めて、誰にでもいえることです。

だから私は、わからないものはわからない、と正直であろうと思っています。私は患者さんに「治療したらどうなるのか」「治療しなかったらどうなるのか」を自分がわかる範囲で説明します。どちらか一方だけに限定せず、それぞれの場合のメリットとデメリットをすべてお伝えするようにします。

私にこれができるのは、治療をやめた人が家で暮らして亡くなっていく過程を誰よりも知っているからです。同時に、以前は外科医として治療の最前線に立っていたので、治療した場合の死への過程も知っています。だから、死から逆算して「治療した場合」「治療しなかった場合」を説明することができます。

写真=iStock.com/Pornpak Khunatorn
※写真はイメージです

「あなたの場合は余命がわかりません」

乳がんを治療しなかった彼女の最期~望月明美さん

望月明美(仮名)さんは65歳のときに乳がんのステージ4、肝転移もあり、余命4カ月と診断されましたが、「治療しない道」を選びました。その1年後には多発性骨転移が見つかるも、何度も告知された余命を超えて生き続け、そのうち主治医から、「あなたの場合は余命がわかりません」と言われたそうです。

明美さんは、内服の抗がん剤治療を受けているふりをしていました。「治らないのだから飲んでもしょうがない」と、飲んだふりをしてこれまですごしてきたそうです。飲んでいないことがバレると病院で診てもらえないため、薬をもらうだけはもらっていました。

そんな明美さんも67歳をすぎてから、がんの疼痛とうつうで全身が痛み出してきました。とくにお尻のあたりが痛く、そのため椅子に座れず、仰向けで寝られなくなってきました。萬田診療所を旦那さんとともに訪ねてきた明美さんは、「あたしら夫婦でパチンコ好き。痛みが取れたらパチンコに行きたい」と言います。

病院の主治医に痛みを訴えたところ医療用麻薬を提案されましたが、怖くて拒否したそうです。私はいつものようにたっぷり20分かけて、医療用麻薬の説明を丁寧にしました。

そのプレゼンは成功したようで、「へえ!」と納得の声をあげた明美さんに、さっそく飲み薬と貼り薬の医療用麻薬を処方しました。近所の薬局で現物を購入してもらい、使い方をレクチャーしました。痛みの度合いから通院は難しそうだったので訪問診療を提案すると、「家が汚いから訪問はダメ! お金もないし、通院でお願いします」と言います。