末期がんの宣告を受けた患者のなかには、抗がん剤による治療を希望しない人もいる。これまで2000人の緩和ケアを担当した医師の萬田緑平さんは「抗がん剤治療にはメリットとデメリットがある。『治療した場合』と『治療しなかった場合』の両方を理解しておく必要がある」という――。(第2回)
※本稿は、萬田緑平『家で死のう! 緩和ケア医による「死に方」の教科書』(三五館シンシャ)の一部を再編集したものです。
「治療しないとたいへんなことになります」という定番フレーズ
医師が患者さんに治療を勧めるときの定番フレーズが「治療しないとたいへんなことになります」です。
私はいろいろな意味で、このフレーズが腑に落ちません。まず、「たいへんなこと」とは、つまり「死ぬこと」もしくは「苦しいこと」になります。そもそも、治療をすれば死なないのでしょうか。いいえ。治療してもしなくても、人は必ず死にます。むしろ、治療することで命が短くなることもあります。また、治療すれば苦しいことが起きないのでしょうか。いいえ。むしろ、治療すると患者さんは副作用や後遺症で苦しむこともあります。
それなのに、なぜ医師の多くが「治療しないとたいへんなことになります」と言うのかというと、じつは病院の医師のほとんどは、治療しなかったときどうなるか知らないからです。病院には治療を希望しない人はほとんどやってきません。医師が知っている「治療しなかった人」は、治療を拒否したのちに、やむをえず病院に運ばれてきた重症患者だけです。
すると、彼らはほんの一部の事例から「治療しない=重症化する」と思い込んでしまいます。治療せず、たいへんなことにならなかった人は病院に運ばれてこないから、知らないのです。だから、「治療しないとたいへんなことになりますよ」となってしまうわけです。