痛みや吐き気が辛く「早く逝きたい」と訴える明美さん

通院してもらいながら、医療用麻薬で痛みをコントロールしていくと、明美さんは「大好きなパチンコに行けた」と喜んでいました。椅子に座ることもできないほど痛みがひどかったので、それをやわらげてくれる医療用麻薬の効果に驚いていました。

孤独なパチンコ ギャンブラー大阪
写真=iStock.com/Mlenny
※写真はイメージです

その後、2週間経っても、明美さんは外来に来ませんでした。看護師が電話を入れてもいつも留守です。夫婦揃っていろいろな場所に外出していることがわかりました。明美さんは終末期の患者さんです。いつ亡くなってもおかしくない状況です。だとしても、死と向き合って逃げていない人は、病状のわりに案外ふつうに生きていけるものなのです。

最後の外来から数えること18日目に、明美さん本人から電話がありました。「とうとう動けなくなったから、訪問してほしいです」「わかりました。これから行きます」「ありがたいけど、今日はダメ」「どうしてですか?」「部屋が汚い。なんとか部屋を片づけるから、明日にして!」明美さんの声は、いつものように威勢がいいものでした。

翌日、ご自宅にうかがうと、明美さんは痛みや吐き気がつらく、「早く逝きたい」と口にします。すると、旦那さんや娘さんは「そんなこと言うなよ」「頑張ろうよ」「食べて栄養をとらなきゃ」と励まします。私は、枯れるように痩せていくのが体に負担がかからないと家族に伝え、今は本人の心にいいことを支援してあげようと提案しました。

「あとどのくらいなら『もういい』と思えますか?」

「私のつらさをわかってほしい、という気持ちを『早く逝きたい』という脅し文句を使って表現しているのだと思います。明美さんの気持ちをわかってあげてください。もちろん、明美さんはまだそんな状態ではないと思いたいでしょう。でも、あとどのくらいなら『もういい』と思えますか? 1年? 半年? 1カ月?」

明美さんの寝ているベッドサイドでそう伝えると、旦那さんも娘さんも黙り込みました。そのときです。

「あと2、3日!」

明美さんが大きな声で叫びました。旦那さんも娘さんも目を丸くします。私自身、まさか本人から返事が来るとは思っていませんでした。しかし、その返事を借りて、明美さんの心情を代弁しようと試みました。

「明美さんは、いつまでも生きているわけじゃないことを伝えたいのではないでしょうか。本人が自分の体のことは一番わかっています。今家族にできることは、『頑張れ』でも、『食べて』でもなく、感謝の言葉を伝えることではないでしょうか。いっぱい泣いてあげてください。だけどその涙は、後悔の涙ではなく、感謝の涙にしてください」

明美さんは「うんうん」とうなずいていました。朗らかな笑みを浮かべているように見えました。

その2日後、医療用麻薬をはじめとする緩和ケア処置の効果もあり、明美さんは眠っている時間が長くなっていきました。旦那さんも娘さんも、すでに明美さんに感謝の気持ちを伝え終わっていて、このまま目覚めなければ亡くなってしまうことを受け止めています。