父親をはっきりさせないことで「子殺し」を回避する

その意味では、セックスとは生殖行為であるだけでなく、個体間の関係を安定的に保つ、社会的な機能も有するものでもあると言えるでしょう。ボノボは父親を判然とさせないことで、「子殺し」を回避したと見ることもできるでしょう。

それではヒトの場合はどうでしょうか。ヒトは男と女がペアとなって継続的な関係を築いて、セックスの相手を一人だけに限定しました。ヒトは子の父が誰であるのかをはっきりさせることによって、ボノボとは違う道を歩んだのです。男と女は一夫一婦的につながることによって、男による「子殺し」行動を回避したのではないかという仮説がドゥ・ヴァールから出されています。

“発情”を示すニホンザル、示さないオランウータン

霊長類において性行為、つまり交尾が起こるにはまず、発情というきっかけが必要になります。文化人類学が扱う、人間の文化の比較に入る前に、この発情と交尾(セックス)の関係について見ておきたいと思います。この発情というものは、何に興奮するのか、その対象やきっかけという点においても、大いに人間の性にも関わっているからです。

ヒトを含めた霊長類の仲間にとって、発情というのは、エストロゲンやプロゲステロンといった、ホルモンによって引き起こされます。しかし、発情徴候の現れ方は、霊長類の中でもさまざまです。霊長類では、基本的にはまずメスが発情の徴候を示すとされます。それによって、オスが刺激され発情するわけです。逆に言えば、オスはメスの発情徴候がなければ、発情することはないのです。

例えば、ニホンザルのメスの場合、発情すると顔と尻の皮膚が紅潮するのが特徴です。また、ゲラダヒヒの場合、胸にある半月状の露出した肌の部分がピンク色に染まります。その他、ブタオザル、アヌビスヒヒ、マントヒヒ、チンパンジーやボノボなどは、性皮が膨張してくるのが一般的です。これがテナガザル、オランウータン、ゴリラなどでは発情しても外見上の変化は、ほとんど見られなくなります。ヒトの場合は、もう発情徴候はなくなります。このようにヒトに近い類人猿になると、発情徴候が見られなくなる傾向があるというわけです。

こうした発情徴候の有無や長さといったものは、実はそれぞれの種の交尾のあり方と大きく関係しています。例えば、乱交型の集団を作るチンパンジーやボノボは、オス同士は常にメスの獲得に対して競合関係にあります。結果、メスは遠くからでもわかるように、はっきりとした発情徴候を示す必要があるため、性皮が大きく腫れ、発情期間も2週間と長いのです。

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他方、一夫一婦の関係を作るオランウータンや、ハーレム型の社会を形成するゴリラなど、独占排他的な交尾を行う種は、メスが常に近くにいるわけですから、目に見えてはっきりとわかる発情徴候を示す必要がありません。そのため、発情徴候はほとんどなく、交尾も排卵日前後の2日程度しか行いません。