ビールを愛せない人に、新しいビールはつくれない

——そうならないために、具体的にどんな商品戦略が求められますか?

【佐藤】ビール系飲料ならば、横軸として①バドワイザーのような軽量で飲みやすい味わい、②コクがある味わい、③華やかな柑橘系の味わい。そして、縦軸は価格としてプレミアム、スタンダード、チープ。この3×3の9つの領域で、定番商品を生んで育てていくことが大切です。

領域ごとにファンをわけて、新商品をつくったり、既存商品をリニューアルしてブランドを磨いていく。

私がかつて在籍したキリンの場合、ジンさんがつくった「一番搾り」だけではダメで、「ラガー」も実は大切なんです。

(健康系発泡酒である)「淡麗グリーンラベル」は糖質とプリン体をなくしたものの、ホップを工夫して柑橘系で爽やかな味に仕上げた。業界で初めての健康系のヒット作でした。

キリンには、ビールの価値、キリンの価値を熟知したマーケターがかつては揃っていた。

スナック菓子も同じですが、マーケティングが販促だけのツールになったなら、明日はありません。価格競争という不毛な世界に陥るだけなのです。新しい価値、イノベーションを、お客様に提供し続けなければならない。

ビールを愛せない人に、ビールの新商品をつくる資格はない。ポテトチップも同じです。

90年代のキリンのマーケ部は、まるで動物園

——佐藤さんにとって、前田さんはどんな存在でしたか?

【佐藤】僕にとってのジンさんは、柔らかい人でした。どんなときでも、そっと手を差し伸べてくれる人。ジンさんは女性のような感覚をも持っていて、感受性はすごく豊かでした。

本当は定番商品よりも、尖った商品をつくる方がジンさんは好きだったと僕は思います。

(86年発売の)「ハートランド」のようなインディーズをつくるのが本当は得意。カウンターカルチャーが好きな人。いい意味で、「オタク」でした。お客様のベネフィットを追求する。ジンさんと、前衛舞踏家の田中泯さんとの交流は、みんなが知っていた。

90年代のキリンのマーケ部は、まるで動物園。ジンさんが発掘したユニークでビール愛に溢れた人がたくさんいた。さらに、望月寿城(漫画家のしりあがり寿)さんのような異才もいました。ジンさんはいなくとも、その魂は色濃く残っていましたね。