水の流入と乾燥が有機物にとって必要なワケ
すべての生命は、2本の鎖からなる「DNA」(デオキシリボ核酸)を持っている。DNAはもともと1本の鎖である「RNA」(リボ核酸)から生まれたと考えられている。
そのRNAは「ヌクレオチド」という有機物が長くつながり鎖となったものだ。さらにヌクレオチドは「塩基」「糖」「リン酸」という部品がつながったものだ。
塩基、糖、リン酸からDNAに至るプロセスには、いくつか関門がある。
最初の関門は、ヌクレオチドの合成だ。これらの部品をつなげるためには、水分子を抜いておく必要がある。水が多すぎると起こりにくい反応なのだ。
しかし、この問題を解決する環境がデスバレーにある。
カーシュビンクさんによれば、あちこちに転がる小さな岩がそのことを示している。岩は一見何の変哲もないが、よく見ると、大きな岩がひび割れてできたものであることがわかる。
「雨が降ると塩が水に解け、それが岩の隙間に入りこみます。やがて乾燥して水が蒸発すると、岩の中で塩が結晶になります。この結晶ができるとき、膨張する力で岩が割れるのです」(同)
ひび割れた岩の存在は、デスバレーで水の流入と乾燥が何度もくり返されていたことを物語っているのだ。
「生命が生まれるには、単純な有機物から複雑なDNAなどが形成されなくてはなりません。これに最も適した環境の一つが乾燥した場所です。生命は水分子を抜いて有機物をつなげることで生まれることから、乾燥した環境が必要なのです」(同)
ヌクレオチドの合成には、陸で、かつ、水の流入と乾燥をくり返す環境こそ理想的だというのだ。そして最新の探査から、同じような環境が太古の火星に存在したことがわかってきた。
その証拠となる岩が、探査車オポチュニティが着陸したメリディアニ平原で見つかった。その岩には、デスバレーで見た割れた岩と同じ仕組みで生まれたと考えられる細長いひび割れがいくつもあったのだ。
さらにジャロサイトという鉱物も見つかった。地球では、水が干上がった場所で見られる鉱物だ。こうした証拠から、太古の火星では、デスバレーと同じように、水の流入と乾燥がくり返されていたと、カーシュビンクさんは考えている。
40億年前の、水だらけの地球にはなかった環境が、火星にはあったというのだ。
生命誕生のカギを握る物質が火星で見つかった
海と陸のある火星は、DNAの最初のステップであるヌクレオチドの合成に理想的な環境を備えていたと言える。それでは次のステップ、RNAの合成はどうだろうか。
水の中にヌクレオチドが存在しても、そのままでは結合は進まない。時間が経つと分解してしまうからだ。この問題を解決する鍵を見つけた科学者がいる。30年にわたり、生命誕生のプロセスを実験から探り続けてきた、米レンセラー工科大学教授のジェームス・フェリスさんだ(2016年死去)。
「私たちは、粘土鉱物の研究をしています。モンモリロナイトと呼ばれる種類の粘土です。これが重要なのは、化学反応を促す力があるからです。RNAの合成を行うときにモンモリロナイトを使うと、反応が一気に進みます」
実際、フェリスさんらがモンモリロナイトを使って実験をしてくれた。
試験管に、モンモリロナイトと活性化させたヌクレオチドの溶液をほんの少し加えてかき混ぜた。3日経ってから測定器にかけたところ、ヌクレオチドは最長で15個つながっていた。わずか3日で15個である。
実はモンモリロナイトは、ミクロで見ると、電気を帯びた層になっている。電気の力によって、ヌクレオチドが層の間に引き込まれていくのだ。それぞれの分子は、特定の方向にきれいに粘土の上に並ぶ。その結果、結合が効率よく進むのだ。
「この発見は非常に重要です。モンモリロナイトがあれば、長い分子の列を作ることができます。過去には50個もつなげたことがあります。すなわちモンモリロナイトさえあれば、生命が生まれた可能性は高いのです」(フェリスさん)
生命誕生の鍵を握るかもしれないモンモリロナイト。この不思議な粘土は火星でも発見されている。2009年、探査機MROが、メリディアニ平原の一部に、モンモリロナイトと考えられる粘土を見つけたのだ。火星には水の流入と乾燥をくり返す環境、そしてモンモリロナイトが存在する。