「もう仕事はやり切った」と腹落ちできるなら
「FIRE」はなかなか難しいが、「BOYA」であれば多くの人が実践できるのではないだろうか。その際、必要な要素はいくつかあると思うが、もっとも大切なのは「もう仕事はやり切った」と腹落ちできるかどうかだ。まだ「やり切った」という感覚が抱けていないのであれば、働き方を激変させないほうがいいだろう。心の底から納得できていないと、あとで悔やむ可能性があるからだ。
近年は大企業で40代の早期退職を促す流れもあるが、進んで応募する人の多くは、とりあえずその会社では「やり切った」感覚を抱いたに違いない。そして割り増しされた退職金(恵まれていれば5000万円なんて例も)を手に、FIRE的な人生を送る人もいれば、起業を目指す人もいる。もちろん、他の企業に転職をする人もいるだろう。
私がおすすめしたいのは、可能であれば古巣の会社や親しかった取引先と業務委託契約を結ぶなどして仕事を受注し、10万円でも20万円でもいいから慣れ親しんだ業務を継続して、収入を得ることだ。私の場合は完全にソレである。
昨今、ウェブメディアも競争が激しくなったため、サイトの統廃合や閉鎖、更新頻度の低下などが起きている。そうした動きの影響で、私も連載がいくつか終了した。
しかし、これまで築き上げてきた関係性や業務実績があると、担当者が異動や転職した先でも新たな仕事を依頼してきてくれるものだ。長らく付き合ってきた相手であれば、ストレスを感じることなく仕事に臨める。
また、完全に仕事を手放さなければ、業務にかかわる腕や嗅覚もなかなか錆び付かないので、新たな取引先を獲得できる可能性も高まる。私の場合は、佐賀新聞や西日本新聞といった媒体と、新しい仕事を始めることができた。
ネットニュース編集者として「やりたいこと」はやり切った
私がネットニュースという新しい業態のメディアに携わるようになったのは、まさに黎明期だった。いわゆる「型」が存在していない状況で、何事も暗中模索するしかなかった。そこで試行錯誤を重ねながら記事を量産し、いかに収益化するか、ということを常に考えてきた。
現在「コタツ記事」とも呼ばれる著名人のSNSやブログをネタ元にして記事を書くやり方も、2006年には完成させていた。2010年からは、小学館の雑誌記事をネット向けに再編集する、というプロジェクトにも参画。これこそ、私が立ち上げ時からかかわり、後に出版社系有力サイトへと成長することになる「NEWSポストセブン」である。
キチンと取材をした雑誌コンテンツはコタツ記事よりも質が高く、多くのネットユーザーに読まれるであろうことは、それまでのネットニュース編集経験を通じて確信していた。一方で、雑誌記事は即時性、速報性の面でネットに劣るため、緊急事態や社会的に反響のある旬の話題についてはネットオリジナルの記事を制作するなど、ネットユーザーのニーズに幅広く応えられるような体制を整えた。
雑誌を含めた自社刊行物をウェブに転載する形式は、いまではほぼすべての大手出版社が普通におこなっていることながら、当時は「そんなことをすれば、紙の雑誌や書籍が売れなくなる」という懸念を各社が持っていた。また、紙媒体の編集者や記者のなかには「俺たちが丹精込めてつくった記事を、レベルの低いウェブ媒体の連中がかすめ取っていく」などと、不信感や敵対心を隠さない人間も少なくなかった。
だが、小学館が「NEWSポストセブン」で先行したことにより、他の出版社も次々とネットニュース媒体を立ち上げ、ネットでのコンテンツ展開に本格的に取り組むようになった。こうした経験を通じて、私は「もうネットニュース・ウェブメディアでやりたいことはやり切った」という達成感を噛みしめると同時に、燃え尽き症候群的な感覚も抱くようになっていったのである。