偶然見つけた最適物件
次に進めたのが物件探しだ。すでに黒田は、神保町で気になる物件を見つけていた。新築の2階建てで、小さいが建物ごと借りられるという。靖国通りとすずらん通りの間で、人通りも多い。
「1フロア6.5坪の2階建てで、1階部分と2階部分合わせて50万円で行けそうです。この辺では、リーズナブルな金額だと思います」
「それでも下北沢の倍以上か?」
「相場が違いますし、2階分ですからね。単純に比較することはできません。アクセスはかなりいいので、名前さえ知られれば行列ができる可能性は十分あります」
そういうと黒田は、新店舗のアイデアを示した。下北沢の教訓から厨房のスペースを広く確保したいので、1階は数席しか客席を置かないという。その分テイクアウト用の窓口も作ることで回転を良くして、ファストフード感を出していきたい。2階はゆっくり食べられるように、15席ほど用意する。
また2階に1畳ほどのスペースを設けて、焼きそばと異なる業態のビジネスにも取り組みたいという。後にスタートする、バナナジュースのような事業を想定していた。
新メニューとしては、塩焼きそばを準備している。ダシにひと手間加えたことで、ソース焼きそばと比べても味のクオリティーは満足できるレベルだ。ネギと桜エビを加えるコストも加味して、ソースより100円高い価格を想定している。実現すれば、ソース、ナポリタンに続く3本目の柱になる。
4月中に契約すれば、2カ月かけて準備をして、7月にはオープンできるかもしれない。すでに開店に向けたスケジュールまで考えていた。
「実力はマクドナルド仕込み」ある店長候補との出会い
黒田が神保町に新たな店を開くことになれば、下北沢店の運営は誰かに任せなければならない。黒田は社員として一人の男性を採用したのは、テレビ番組の特需が落ち着いた5月のことだった。
粕谷秀一は、黒田より2歳年下の1994年生まれ。大学を中退してマクドナルドで長く働いていたが、父が定年を迎えるにあたって自分の身の振り方を考えていた。
マクドナルドでのアルバイトを始めたのは15歳の時。バイト歴は8年になる。製造、販売、材料管理、スケジュール作りと、マネジャーとして目の回りそうな毎日だったが、やりがいはあった。アルバイトの学生が多く、後輩が成長していくのを見るのが好きだった。
マクドナルドを辞めたのは、新しい上司の言動に嫌気がさしたからだという。接客が好きだったので、その後も焼き肉レストランのチェーン店で1年ほど働いていた。