「悠々自適」は死語

若い頃に夢見た「悠々自適」という言葉は死語と化し、もはや「人生の後半戦はいかにうまく下山するかが大事」との高度成長期を生きた諸先輩方の教訓もまったく役に立たない。

私たち今を生きる世代は、“下山”する余裕すらなく、ひたすら細い綱の上を歩かされている。なんで、この歳にもなって風が吹くだけで大きく揺らぎ、突風ですべてが吹っ飛ぶような綱渡り人生を歩まなきゃいけないのか。

“脳内テレビ”には「老後破産」「下流老人」「介護崩壊」「孤独死」などのテロップが入れ替わり立ち替わり流れ続け、先を考えれば考えるほど気が滅入る。

へたすりゃ、100歳まで生きるかもしれない残りの人生を、どうしたら穏やかに過ごせるのか? どうすれば幸せになれるのか? 必要なものは何か? 先のことなど考えても仕方がないと思いながらも、はたして自分がやっていることは正しいのか? 自分の考え方で大丈夫なのか? と、悩み、苦しみ、迷いが尽きず、なんだかとても「生きづらい」。

人間には「幸せへの力」がある

しかし、健康社会学の研究者の端くれとして意見すれば、どんなに報われない陰鬱な世の中でも、「私」たち人間には、「幸せへの力」がある。どんな時代、どんな環境に生きようとも「幸せ」を作り出し、前を向いて歩いていくことができる。

そして、その不思議なパワーは、後天的に強化され、環境との相互作用で引き出されることが科学的に証明されている。

河合薫『THE HOPE 50歳はどこへ消えた?』(プレジデント社)

歴史を振り返ると、人間に内在する不思議なパワーに着目する潮流は、1970年代後半から1980年代にかけてもあった。

当時、世界は、未来学者アルビン・トフラーが定義した「第三の波(The Third Wave)」と呼ばれる新しい生活様式をもたらす時代に直面し、従来の価値観がいたるところで否定され、さりとて明るい未来をも期待できず、混迷の様相を呈していた。

ユダヤ系アメリカ人の健康社会学者アーロン・アントノフスキーは、私が専門とする健康社会学の祖であるが、彼の「健康生成論」とその中核概念である「SOC(Sense of Coherence=首尾一貫感覚)」が、そうした社会の流れの中で登場した(※)

※“Health, stress, and coping” “Unraveling the mystery of health: how people manage stress and stay well” Aaron Antonovsky