増加する中年白人の自殺率
医療の発達や生活の改善により、世界中で病気による死亡率が減少して平均寿命が延びているのに対し、先進国のアメリカでは中年の白人の自殺率と、薬物の過剰摂取、アルコール性肝疾患を死因とする死亡率が増加していた。そして、そのほとんどが大学の学位を持たない人たちだった。
ディートンらは、それを「社会への絶望による死」として、「絶望死」という衝撃的な言葉で表現したのだ。
たとえば、ケンタッキー州では、1990年以降、大卒白人の死亡率がほとんど変わらないにもかかわらず、非大卒白人のそれは、1995年から2015年の20年間に10万人あたり37人から137人へと約4倍に増加した。
アメリカでは、非大卒の場合、仕事につける割合が低く、運よく仕事につけても低賃金だった。ディートンらは、彼らの人生の軌跡に注目し、暮らしがどのように転落したか、コミュニティや価値観の喪失はあったか、文化の機能不全はあったかといったことについて詳細に調べた。そこでわかったのが、賃金の低さ、すなわち貧困だけが絶望死の原因ではないという事実だった。
学位を持つ人と持たない人の間には、賃金のみならず、仕事、家庭、コミュニティなど「生活世界」を分断する壁がいくつもあった。かつて非大卒の白人たちの生活世界に当たり前にあったものがなくなり、仕事の誇りや人生の意義を失い、生きる光が奪われていた。そんな痛みのある人生から逃れるために、薬物やアルコールにおぼれ、死に急ぐ人が量産されていたのだ。
人は幸せになるために生まれてきた
「絶望死」は資本主義や民主主義が生んだひずみが原因である。日本や日本のサラリーマンにもすぐそこに迫っている。
しかし、格差社会の象徴である収入や学歴、失業者数などの客観的な数字ではなく、人生に対する包括的な自己評価、すなわち「私の人生はうまくいっていない」という「生活世界」に対する意味づけが、自殺や病に影響していると発見した意義はきわめて大きい。
ディートンらが、人を絶望させるのは単に経済的な問題だけでなく、家族やコミュニティという半径3メートル世界の他者との関わりの喪失と関連づけた見解は、健康社会学に通じるものだと私は理解している。
そこで今回、この混迷の時代を「豊かで幸せな人生を手に入れる最高のチャンスにしてほしい」という思いで筆をとり、『THE HOPE 50歳はどこへ消えた?』を著した。肉体的にも、精神的にも、社会的にも、豊かで幸せな人生を手に入れる方法を“あなた”にお伝えするのが本書の目的である。