「NATO不拡大」を文書化しなかった

なぜ、口頭での約束になってしまったのか。わたしの考えでは、当時の冷戦終結という漠然とした融和の雰囲気が大きかった。

1989年11月にベルリンの壁が崩壊、翌月にはブッシュ大統領とゴルバチョフ氏は、マルタ会談で冷戦の終結を宣言した。両国間の「信頼の醸成」が大きな成果を生んだとたたえられた。

だから、NATO不拡大という約束を文書化すれば、細かな文言の解釈をめぐって亀裂が走るかもしれない。両国とも、冷戦終結という歴史的な偉業を優先させたのであろう。口約束という曖昧さが、30年後に新しい緊張の火種になるとは歴史の皮肉といえる。

ゴルバチョフ氏は、この件について沈黙を守っている。

アメリカに圧力をかけ続けるプーチン

このような経緯を踏まえて、プーチン氏はアメリカとNATOに「東方不拡大」を文書(条約または協定)に明記するように強く要求している。一歩も引かない姿勢だ。

ボールが投げられたバイデン政権は1月27日、ロシアの求めについて書簡で返答したが、肝心の中身は公表されていない(1月31日現在)。

ただ、プーチン氏は1月28日、フランスのマクロン大統領と電話会談した際、以下のように不満を述べた。

「アメリカは、ロシアの重要な要求を無視してしまった。NATO拡大を容認できないというわたしたちの原則に、言及していないのだ」

プーチン氏からすれば、自分たちの要求にアメリカ政府が回答していない。それどころか「無視した」と解釈し、さらに軍事圧力を強める可能性が高くなるとわたしは予想する。

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アメリカがロシアを無視せざるを得ない事情

それにしても、なぜアメリカは回答しなかったのか。わたしの見立ては、NATO諸国内でロシア対応をめぐって思惑がバラバラであり、アメリカはまとめることができなかったからだ。

内情としては親ロシア派の国(ギリシャやハンガリーなど)もいれば、嫌ロシア派(イギリス、バルト3国など)の国もあり、温度差で五つのグループに分類されるほどに複雑である。

ドイツにしても、天然ガスの約半分をロシアから輸入しており、反ロシアでもない親ロシアでもない微妙な立ち位置である。

アメリカとNATOが一丸となって、ロシアに対応できないのである。NATOの足元を見るロシアは、容赦なくNATOを揺さぶっており、ロシアがウクライナに侵攻しても、反撃できないと高をくくっているかもしれない。

外交的にも軍事的にも圧力をかければかけるほど、NATOの足並みが乱れ、機能が形骸化する姿が露呈する。もはやバイデン政権の手腕が問われかねない状況だ。