鉄道会社による犯罪抑止策には限界がある

もちろん鉄道会社は車内や駅構内での犯罪行為抑止に手をこまぬいているわけではない。

安全配慮が具体的にどこまで求められるかはその時代によって変わるが、鉄道運輸規程上、激発物や殺傷能力のある刃物といった危険物の持ち込みが禁止されている(同規程第23条)。車両や駅構内への防犯カメラ設置も進んでいる。手荷物検査についても、2021年に鉄道運輸規程の改正があり導入の素地を整えた。

12月3日には、国交省が10月31日に発生した京王電鉄の事件を踏まえて、京王線車内傷害事件等の発生を受けた今後の対策を取りまとめ、車両新造時等の車内防犯カメラ設置、非常用設備の表示共通化など5点の対策を発表している。

AIを使った犯罪予測の手法が研究されているとも聞いている。列車には車掌のほかに警備員も乗務することが増えた。車両には緊急停止のためのボタンも設けられている。火を放たれても車両の延焼を防ぐための基準も設けられている。

しかし、現時点で鉄道会社としてはその程度が限界であろう。

JR東日本のホームページによれば、2020年新宿駅の乗車人員数は47万7073人/日に及ぶ。新型コロナウイルス感染症の影響で前年比38.5%減ということがあっても巨大な数字である。仮に新宿駅から乗車した者によって1カ月に1回加害者1人による無差別事件が起きても、それは1431万2190人分の1である(1カ月を30日として計算)。

全ての人に空港のような手荷物検査を実施することは不可能だし、金属探知機を自動改札機に設置したら、自動改札機は一日警報音が鳴りっぱなしになるのが目に浮かぶ。係員の目視で怪しい人物が乗っていたら列車を発車させないとなると、ほとんどの列車が発車できない状況になりかねない。

写真=iStock.com/1550539
※写真はイメージです

自分の身を守るために乗客は協力するほかない

一方、個々の乗客が無差別事件に気を付けて自分で危険を回避せよというのもまた無理な話である。

列車の中に乗り合わせる人はほぼ他人である。乗客も列車本数も少ないローカル線の列車だと毎日同じ人と顔を合わせることもあろうが、無差別事件が起きやすい列車は乗客数も多く、しかもお互い初対面の人がほとんどである。その中でいち早く暴れ出しそうな人に気が付き、不審行動を捕捉し、かつ的確な危険回避行動をとることなど一般人にできるはずもない。

混雑する列車を避けるというのも、口にするのは簡単である。しかし、来る列車全てが適度に混んでいる路線ですいている列車を待っていれば、いつまで経っても目的地にたどり着けない。しかも、すいている列車を選択したからといって何も事件が起きないという保証もない。

そうであるなら、乗客としては、鉄道会社が行う防犯対策に協力するほかない。

手荷物検査や防犯カメラに対しては、昔からプライバシーとの関係で賛否両論がある。AIによる犯罪予測システムも、不審者の行動パターンを人工知能に学ばせて現実の乗客の動きから「怪しい」という人や行動を探し出すから、実際には問題がない人に対してもAIによって「怪しい」とされ、監視対象になることに気味の悪さを覚える人もいるだろう。私も何も感じないとまではいえない。

このように、今そしてこれからの防犯対策には乗客のプライバシーに踏み込んだものも増えてくる。