30年前に連載開始した『天使なんかじゃない』

ここまで、吾峠先生の作品に見られる「少女漫画的な要素」について、「七つの海」の岩泉舞先生との共通点を交えながら説明してきました。さらに『鬼滅の刃』にはもう1人、別の漫画家の影響が感じられます。

『鬼滅の刃』に影響を与えたと見られる、漫画家とは誰か。僕が思うに、それは90年代の少女漫画誌『りぼん』(集英社)を代表する漫画家・矢沢あい先生です。ここからは『鬼滅の刃』が矢沢あい先生の作品、とくに名作『天使なんかじゃない』から影響を受けたと僕が感じる点について論じていきます。

矢沢先生は、1985年に『りぼんオリジナル早春の号』(集英社)に掲載された「あの夏」でデビューしました。月刊少女漫画誌『Cookie(クッキー)』で2000年に連載をスタートした『NANA』がたびたび映像化されるなど人気作を多数発表しているので、ご存じの方も多いと思います。

数ある矢沢先生の漫画のなかで僕が最も好きなのが、1991年から94年まで『りぼん』に連載された『天使なんかじゃない』という作品です。この『天使なんかじゃない』を読んでいた層が、現在『鬼滅の刃』にハマっているのではないかと僕は推察しています。

矢沢先生の『天使なんかじゃない』と吾峠先生の『鬼滅の刃』――。一見、ジャンルも読者層もまったく違うように思えるこの2作品の、どこに共通点があるのか。まずは矢沢あい作品の魅力について解説していきます。

紡木たく先生から続く「少女漫画の系譜」

大ヒット作をいくつも描かれた矢沢先生に、最も強く影響を与えたと言われている漫画家が、『ホットロード』の著者・紡木たく先生です。紡木先生は、80年代中頃に『別冊マーガレット』(集英社)で絶大な人気を獲得した漫画家で、代表作である『ホットロード』は700万部を超えるヒットを記録しています。

この『ホットロード』でも、少女漫画特有の情緒的なモノローグやセリフ回しが効果的に使われていました。つまり、『鬼滅の刃』にあふれる「少女漫画的な要素」は、紡木たく先生からの系譜に連なるものと言えます。

『鬼滅の刃』において特筆すべきなのは、「情緒的なモノローグなどの少女漫画的な要素」と「バトルや修行、必殺技などを使った少年漫画的な要素」を組み合わせるという「離れ業」をやってのけたところです。そこに『鬼滅の刃』が大ヒットした最大の理由があります。

『天使なんかじゃない』が連載されていた90年代、『りぼん』の発行部数は250万部を超えていました。矢沢先生の『天使なんかじゃない』は、その「『りぼん』黄金時代」の看板漫画だったのです。