『天使なんかじゃない』の名シーンにも
たとえば『天使なんかじゃない』では、「文化祭の夜に生徒会室で晃がうたた寝をしている」場面があります。そこへ翠がやってきて、「後夜祭のダンスパーティで、誰ともペアになれずあぶれてしまった」と、寝ている晃につぶやくのですが、そのときダンスパーティの曲が変わって『スタンド・バイ・ミー』が流れてきました。すると、寝ていたはずの晃が急に目を覚まし、「俺、この曲好きなんだ。踊ろうぜ」と言って、翠の手を取って踊り始めるのです。
2人きりの生徒会室で一緒に踊りながら、翠はドキドキしていました。そして翠は、「まさか自分のことが好きなの」「それとも本当にこの曲が好きなだけなの」と、晃の真意をあれこれ推測します。
曲が終わりに近づき、翠がふと晃の顔を見上げると、なんと彼はこれまで見せたことのないような切ない表情を浮かべていました。もう「切ない顔、大爆発」です。意図的かどうかはわかりませんが、こうした少女漫画的な手法は、吾峠先生にも引き継がれています。
最大の見せ場だった「あなたになりたい」
さらにもう1点、『天使なんかじゃない』に出てくる感動的なシーンを取り上げてみましょう。マミリンに関するエピソードです。
ある日の学校からの帰り道で、翠はマミリンに「将来なりたいものある?」と尋ねました。するとマミリンは、一瞬「切ない顔」をしてから翠を振り返り、「あたしは冴島翠みたいになりたい」と言います。マミリンは、〈嬉しい時はちゃんと喜んで 悲しい時はちゃんと泣けるような そんなあたり前のことが みんな意外と出来なかったりするのよ〉〈あんたがみんなに好かれる理由がわかるわ〉〈須藤くんが あんたを選んだ気持ちがわかるわ〉と翠に告げました。
このマミリンの言葉に、翠は〈額に入れて胸の真ん中に一生飾っておきたいようなセリフだった〉〈どんなに辛い時でもそれを見れば勇気を取り戻せる賞状のように〉とモノローグでつぶやきます。ここは僕が最も大好きなシーンです。
基本的に「他人に自分の気持ちを伝えられない」はずの女の子だったマミリンが、翠に対して素直な思いを口にする。ここは『天使なんかじゃない』で最も感動する場面です。「私はあなたになりたい」というのは、友人にとって「最高の褒め言葉」だと思います。
物語全体から言っても、この場面は最大の見せ場のひとつです。だから、「もし『鬼滅の刃』が本当に『天使なんかじゃない』をリスペクトしているとしたら、吾峠先生は絶対にこのエピソードを持ってくるはず」と僕は予測していました。そして、その場面を『鬼滅の刃』第20巻で発見します。