直前に大トロを食ったのがよくなかった
わたしは、スマホが割れて恥じる人々の思考を想像してみた。
割れたスマホを修理せずに放置しているのは、めんどくさがりか金がないのか、まあなんにせよズボラな人間だ。そんなヤツはきっと、酒を飲んで家に帰りゃ玄関でくつをだいて眠り、友人の結婚式にはうっかり両替を忘れてヨレヨレの万札を祝儀袋につめこんで、一度飲み終わった番茶のティーバッグを最低でも三度は使うのだろう。スマホが割れているヤツは、きっとそうに違いない。
そんなわけあるか。
ひととおり想像し終わって、わたしはため息をついた。
「なんていうか、そんなちっちゃいことを気にしてて生きづらくないですか?」
直前に大トロを食ったのがよくなかった。気が大きくなっていた。コハダくらいだったらよかった。気づけばわたしはひとまわりもふたまわりも歳上の彼に、ド失礼なことをいい放っていた。
彼はキョトンとしたあと、ゲラゲラと笑った。
「岸田さんいいねえ! ちょっと相談があるんだけど」
彼はMBSのテレビプロデューサーで、水野さんといった。帰って調べたら、ヒット番組の名前ばかりズラッとならべて記載されているWikipediaまであった。ちょっと、ちょっと。なんなのよ。
「スマホが割れても平気な人」として人生初の密着取材
かくしてわたしは、『平気なの⁉って聞くTV』というテレビの特番で、人生初の密着取材を受けることになったのである。密着取材ともなれば、身のまわりの人たちにすぐさま報告がいる。わたしは母に電話をかけた。
「あのな、今度、MBSの特番で取材してもらうねん」
「うわあっ、すごいやん。近所の人らにもいうてまわらな。作家として出るん?」
「いや、それが、“スマホが割れても平気な人”として出るんやけど……」
電話口で母が言葉を失っていた。当然だ。まさか母も、手塩にかけて育てあげた娘が、そんな不名誉なくくりで全国につるし上げられるとは思っていなかったはずで。そして母は、絶対にスマホを割らない、几帳面で慎重な人だった。
「親の顔が見てみたいとかいわれへんかな」
「どうやろう、いわれるかも……」
「そっかあ。親の顔、出す準備しといた方がいいかな?」
親の顔が見てみたいといわれて、見せる準備をする親もめずらしい。
そのあと、事務所に報告しても笑われ、友人に報告しても笑われた。みんな、全面的に協力してくれるということで一致した。
つるし上げられる前に、こちらから舞台の上へおどり出てやる。わたしはこの取材を通じて「スマホが割れても気にしない方が、人生は楽しい」という持論を展開するつもりだった。