作家の乙武洋匡さんが書いた新刊『ヒゲとナプキン』は、トランスジェンダーが主人公の小説だ。乙武さんと対談した作家の岸田奈美さんは「中身を読まずに『LGBTQ小説』と思ってしまうのはもったいない。家族関係に悩みを抱えている人にぜひ読んでほしい。私もすごく共感した」という——。(第2回/全2回)
付箋たっぷりの本
写真提供=小学館
付箋たっぷりの本

小説に付箋を貼るという読書術

【乙武】岸田さんはいま、どんな肩書きなの?

【岸田】それ難しいんですよ。本当は、ハイパーストーリーテラーみたいな新しい肩書きを名乗りたいんですけど(笑)。いまのところ作家です。ただし、小説を書くとかエッセイを書くから作家というよりは、自分の人生を作品として編集して発表する作家、というふうに意味を持たせてます。

【乙武】なるほどね。僕もこれまで書いてきた小説は車椅子に乗った男性が主人公で、そこには自分の人生を投影させやすかったんだけど、今回初めて、そうではない小説を書くことになったんですよ。

乙武 洋匡、杉山 文野『ヒゲとナプキン』(小学館)
乙武 洋匡、杉山 文野『ヒゲとナプキン』(小学館)

【岸田】はい。『ヒゲとナプキン』という小説ですね。もちろん、読んできましたよ。

【乙武】ちょっと待って! めっちゃ付箋ついてる!

【岸田】私は本を、自分の中に取り込むためのツールとして使っているんですよ。線とかもたくさん引くし、付箋も色をわける。付箋ごとに、感情を分けています。

何回も何回も繰り返し読んで、胸の中に入れるつもりで読む。覚えたらもう最後、誰かに渡したりとか、物置に置いたりといった具合です。

【乙武】なるほどね。ちなみに3色はそれぞれどんな感情を示しているの?

【岸田】赤は私もものを書く人間として、この文章、表現はうらやましい、上手いという色です。だから赤色は、8割憧れ、2割嫉妬ですね。

「人生の軸にしたい」「つらい」という感情をマークする

この本ですと、「自分を窮屈な牢獄に押し込めている社会そのものに対するもの」という表現に赤をつけています。「自分を窮屈な牢獄に押し込める」というフレーズを、生きづらさを示すために使うのか、と驚きました。

【乙武】ありがたいけど、恥ずかしいね。紫色は?

【岸田】紫は、表現というより、内容として覚えておきたい部分です。自分の中に取り込み、これからの人生の軸にしたいという色です。

続いて青は、つらかったこと、苦しかったこと、です。

【乙武】なるほど。青は1カ所ついていますけど。ちなみにどこかな?

【岸田】大切な登場人物から受け取っていた愛がなくなってしまった、という箇所があります。「愛が、消えた」というふうに1行だけ書かれていて、つらかった。

私は人から愛されることも、自分から愛すことも大好きなので、その愛が消えてしまったということを自分に置きかえて想像したらもうだめだ、となってしまう。ここはあまり読み返したくないんだけど、辛かったという気持ちだけは覚えておこうと付箋を貼っています。

付箋は多ければ多いほど、読み返したときに、読んだときの自分と会話できます。たとえば、青のところ、つらくて読み返せないとさきほど言いましたが、いつか自分の心が成長して、これをちゃんと読み返せるようになったら、それは私が一つ大きくなれたということ。そういう自分の気づきを得られる本をいただきまして、本当にありがとうございます。