鳥取を選んだ理由の1つは「カニが食べられるから」

ところが、山下はこの病院を約8カ月で退職した。その理由を若気の至りであったと頭を掻く。

「大学に入ったときも編入するとか勢いづいていた。この病院に入ったときもまた張り切ってしまったんですね。本当に失礼な話なんですけれど、この病院にいたらぼくの成長はないって思い込んでしまった。

同級生たちは大学病院など大きなところに就職していた。ぼくは(卒業前)そんなところに行ってもついていけないしって、避けたんです。でも彼らから何々の検査をやっているとか聞くと焦る」

恩師に相談すると、兵庫県内の病院を紹介された。この病院と平行して、たまたま募集していた鳥取大学医学部附属病院も受けることにした。

「自分の基準がブレブレで恥ずかしいんですけれど、ぼくはカニが好きなんですね。子どもの頃、家族で鳥取へ観光に来て、カニを買ったことがあった。兵庫県の病院は山間部で雪が降ると聞かされていた。雪は嫌じゃないですか。

岡山県人にとっては兵庫県よりも鳥取県の方が身近なんです。関西って言葉も違うし、(人間の)タイプも違う。山陰だったらついて行けるかな、カニも食べられるしって、安易に鳥取を選びました」

海に面した米子市も豪雪地帯であるという知識さえなかったのだ。そして、とりだい病院に入ってからも、数年間は辞めることばかり考えていた。

「自分探しではないですけれど、ぼくはここにいるべき人間じゃないと思っていた。言い訳ばっかりして、逃げてばっかりいた。放射線技師自体をやめようと思っていたんです」

そんな山下の転機となったのが、ある機器――MRIとの出会いである。

MRIを必死に学べば先駆者になれる

撮影=中村治

身体の断層画像を撮影するには、CT検査とMRI検査の二つの方法がある。

CTはX線を周囲から照射し、体内での吸収率の差をコンピュータで処理、断層画像とする。一方、強力な磁石の磁場と電波を用いて、体内の共鳴現象をコンピュータ処理により断層画像とするのがMRIである。

MRIは、X線と違い放射線による被ばくがない。様々な角度やコントラストの断層面像を得られるという長所がある。

「ぼくがとりだい病院に入る少し前に、山陰では初めてMRIの1号機が入って来た。今と違って、もの凄く大きかった。原理はさっぱり分からなかったんですが、電波の強度、信号収集の時間、周波数などのパラメーター(数値)を変えることができた。組み合わせ次第で何通りも(断面画像を)撮影できる。これは面白いと」

MRIは先輩技師にも経験や知見がなく、横一線である。必死に学べば先駆者になれるのではないかと朧気に思った。

98年11月、山下は鈴鹿医療科学大学保健衛生学部の社会人特別コースに入学している。

「(大阪大学医療技術短期大学部の在学中)入学してすぐに、ぼくたちの学部も4年制になることは知っていました。先生からも今後は(4年制大学に)行かないと駄目だよ、みたいなことは言われていたんです。

とりだい病院でも、後輩は4年制を出ていた。学士をとっていた方がいいなと思ったんです。そのときの技師長がすごく理解のある方で、大学に入り直すことを後押ししてくださった」