近くて遠い#MeToo
2017年に起きた#MeTooのムーブメントを、私は遠い世界のできごとのように眺めていました。ジャーナリストの伊藤詩織さんが元TBS記者の山口敬之氏にホテルに連れ込まれて性行為を強要されたというニュースを聞いて、新入社員のときに先輩にホテルに連れ込まれかけたことを少しだけ思い出しました。でも当時はちょっと気になるニュースだなとしか思わず、そのまま流していました。
その後、#MeTooの声は、広告業界の男性に向けても上がり始めました。著名なブロガーのはあちゅうさんは、元電通のクリエイティブ・ディレクター岸勇希氏からのセクハラ・パワハラに対して声を上げました。グラビア女優の石川優実さんは、電通の名を騙って枕営業をさせた男性を告発し、芸能界にはびこる枕営業文化を明らかにしました。芸能界の枕営業の噂は、やはり本当だったのだと思いました。
うまく言語化できなかった
仕事の合間にニュースアプリでそれらの記事を読みながら、男性たちのした行為自体にはまったく驚きませんでした。正直、本当によくある話だなと思いました。なぜセクハラをする男性というのは、判で押したように同じ言動をとってしまうのだろう? 普段は素晴らしいクリエイターとして評価されている人たちも、セクハラするときはちっともクリエイティブじゃなくなる。
でもなぜ彼らの行いが悪いことなのか、なぜ世の中が騒いでいるのか、自分の言葉でちゃんと説明できませんでした。他の人はバレないように上手くやっているのに、そこら辺を誤って下手にやったから悪いのだろうと思っていました。
私の辞書に「人権」という言葉はあっても、そのページにたどり着くことはできませんでした。セクハラは人権を侵害していて、人間としての尊厳を奪っている。
どんなに競争の激しい業界だからといって、どんなに地位のある業界人だからといって、女性の人権を侵害していいわけではない。偉いクリエイターさんも被害にあった女性も、本当は人間として平等なのだ。そんな当たり前のこともわかりませんでした。
彼女たちが訴えてくれていることが、どれだけ自分の人生に直結しているかも気づいていませんでした。
私はむしろ訴え出た女性に対して驚いていました。なぜ他の人も同じ目にあっているのに、ひとりだけこんなに騒いでるのかな? なぜそこまでして訴え出たの? 社会人生命が終わるのが怖くないのだろうか? 彼女たちはきっとメンタルが強い特別な人で、自分とは違うんだろうと結論づけるしかありませんでした。