「よろしくお願いします」を英語で言うと「図々しいやつ」
あいさつとしての「よろしくお願いします」はその典型だ。場面としては、英語ならNice to meet you.などというところだ。初対面でも使っている。直訳すれば、Please take care of me well.といったところだが、こんな定型句はないし、言ったとしたら、「こいつ何言ってるの? 初対面でいきなり頼み事か! しかも自分によくしろと⁉」ということになってしまう。
この奇妙さは、英米文化の「独立」と「対等」志向からくる。英米文化では、お互いが独立していて、依存し合わないというのがタテマエである。そんな文化で、会っていきなり自分のことをよろしくしろと言われれば、目をシロクロされかねない。
もちろん「よろしく」的な言い方は英語にもある。ただし、それは何か具体的なことに対してであり、自分の「独立」は保った状態である。ビジネスシーンで、
(一緒に仕事をするのを楽しみにしています)
I hope we can keep a good relationship.
(これからいい関係を築いていけるといいですね)
I hope we’ll make a good team.
(我々、きっといいチームになりますね)
などと言ったりする。そこには「お願い」しているニュアンスはない。大事なことは、お互いが「独立」した存在であり、へりくだって「よろしく」頼んでいるわけではないということだ。
キュウリを食べるサツキのセリフが「ヨーイ、ドン!」な理由
そのほかの日本語の決まり文句はどうだろうか。そもそも同じような場面で英語には言葉がないものもある。「いただきます」などがそうだ。そもそも英語では言わない。無言で食べ始めるという、日本の習慣からするとはなはだお行儀の悪い振る舞いが普通である。
Let’s eat!
Let’s dig in!
と言ったりするかもしれないが、「食べよー」というお行儀もなにもあったものではないフレーズだ。
(直訳:食事を楽しんで!)
Enjoy!
(楽しんで!)
Hope you enjoy what we’ve made for you.
(あなたのために作りましたよ。楽しんでくれると嬉しいです)
Bon appetit.
(召し上がれ)*フランス語の表現が英語に入ったもの。英語に直訳すればGood appetite(よい食欲)。
などというよく聞かれる表現もあるが、みな食事を提供する側が食事をする人(たち)に言う言葉だ。
こういう、英語に対応する言葉がない日本語の決まり文句が映画の中にある場合、字幕訳や吹替訳の英語をつけるのは工夫がいる。『となりのトトロ』でサツキが「いただきまーす」と言ってキュウリをほおばるシーンがあるが、その英訳は、翻訳のバージョンによって様々だが、翻訳者の苦労がうかがい知れる。
(ミチコがうらやましがるだろうな)
Mark, get set, go!
(位置について、ヨーイ、ドン!〔Mark はOn your mark〕)
Looks delicious!
(おいしそう!)
などがあるが、いずれも「いただきます」のニュアンスは出せない(あたりまえだ)。