ことばを使って、意図を正しく伝えるのは、難しい。言語学者の川添愛氏は「他人について何か言うとき、その「行為」や「状態」そのものではなく「性質」に言及すると、トラブルを招きやすい」という――。
※本稿は、川添愛『ふだん使いの言語学 「ことばの基礎力」を鍛えるヒント』(新潮選書)の一部を再編集したものです。
「主語が大きい」一般名詞に要注意
ツイッターなどのSNSで起きる言葉のトラブルに、「主語が大きい」ことが原因になっていることがある。たとえば、次のようなケースだ。
【相談】先日、私がSNSで「言語学者は、実際に誰も言わないような変な文ばかり研究している」と発言したところ、とある言語学者から「何を言っているんだ。そうじゃない言語学者だっているんだ」という反論がありました。こっちはそんなことぐらい承知の上で発言しているのですが、そんなことも分からないなんて言語学者と言えるのでしょうか?
ここで問題になっているのは、「言語学者」という名詞の意味だ。
「言語学者」のように、物事の属性や特徴を表す名詞は「一般名詞」と呼ばれる。たとえば「猫」という一般名詞で考えてみよう。その意味にはさまざまな解釈がある。
「猫は動物だ」という文は「すべての猫は例外なく動物だ」という意味になるし、「猫はすばしっこい」と言えば「猫は一般に/たいていの猫はすばしっこい」という意味になる。この相談を考えるにあたって思い出すべきなのは、こういった「すべての○○」と「○○は一般に/たいていの○○」の違いだろう。
相談者は、「言語学者は、実際に誰も言わないような変な文ばかり研究している」という発言によって、「言語学者は一般に~」とか「たいていの言語学者は~」とかということを意図したつもりだった。
つまり、言語学者についての「ただの一般論」を述べたにすぎず、「言語学者なら例外なく、みんなそうだ」と主張する意図はなかった。しかし「言語学者」という一般名詞は曖昧であり、この文も「すべての言語学者は~」とか「言語学者はどの人も例外なく~」のように解釈することが可能だ。「そうじゃない言語学者だっている」と反論した言語学者は、「すべての~」のように解釈したのかもしれない。