旭の作曲はこのとき、本格的に始まっている。雨の音、鳥の声、人の会話。とにかく音を聴くと、それが曲になって頭を巡るようだった。

19世紀に活躍した英国の詩人、ジョージ・バイロンも言っている。

「草のそよぎにも、小川のせせらぎにも、耳を傾ければそこに音楽がある」

他の教え子とは違った才能

旭は耳に飛び込む音を五線譜に書き、形にしていった。複数の音が一度に頭に浮かび、それを譜面化することもある。消しゴムは使わず、猛スピードで五線譜に音符を載せていく。頭の中で流れる音楽に手が追いつかず、ある曲を書いている間に、次の曲が浮かぶこともあった。

小倉孝保『十六歳のモーツァルト 天才作曲家・加藤旭が遺したもの』(KADOKAWA)

その場合、旭は最初に書いていた曲をあきらめて次の曲を書いた。次々と浮かんでくる曲を追いかけ、捕まえては音符にしていく。取り逃がしたら最後。その曲はもう帰ってこない。

小西も当時、旭の書いた楽譜を見たことがあった。白い紙に音符が並び、曲になっていた。印象に残っているのは、曲に題名がついていることだった。旭は四小節くらいの短い曲を、理論的なことを知らず、ただ素直に書いていた。

子どものころから音符を並べる子はいるが、タイトルまで付けて、自分の思いやイメージを音符に載せることはない。旭の場合、最初に自分の中でイメージを膨らませ、それを表現するために音符を並べていた。

旭はこのころ、「音が色に変換される」とも言っている。救急車のサイレンはオレンジで、怒っていない希の声はやわらかい黄緑色である。希が絵本を読むのを聴きながら、旭の頭の中は黄緑色に染まっていたのだ。(敬称略)

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