人は「行為」によってつくられる

ブッダ以前には、「善悪」も元々人に備わっているものだと考えられていました。生まれながらにして魂に刷り込まれた性質とでも言うのでしょうか。その人が善であるか悪であるかは、生まれる前からすでに決まっている、と言うのです。

しかし、ブッダはその常識を覆しました。

生まれる前から決められた事柄によって人がつくられるのではない。行動が人をつくるのだ、と。

「善い」行いをするから「善き人」になるのであり、「悪い」行いや「卑しい」行いをすれば、行動通りの人になってしまう。

これがブッダの言いたかったことです。だからこそ、ブッダは、どんな人とつきあうかが重要だと説きました。

どのような友をつくろうとも、どのような人につき合おうとも、やがて人はその友のような人になる。人とともにつき合うというのは、そのようなことなのである。
『ウダーナヴァルガ』第25章11

私たちが人とつきあうということは、行動や環境を共有することでもあります。

まわりの人が好ましくない行動をとることが多ければ、自分も知らない間に行動に表してしまうでしょう。だから、あなたがつきあっている人は、あなた自身を映す「鏡」なのです。

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イヤな相手と距離を置く

それでは、ブッダの言葉を日常生活で実践できるレベルまで落とし込んでみましょう。

あなたを悩ませる「悪い(卑しい)人」がいるとします。

その場合、どうすれば心を穏やかに保つことができるでしょうか。

置かれている環境によって、相手との距離感も変わってくると思いますので、ここではいくつかのパターンを考えてみます。

まずは、相手との関係性があまり深くないパターン。

たとえば、ネットの人間関係です。接触しなくても、実生活への影響が少ない相手ですね。この場合、あなたを苦しめる人と無理に関わる必要がないのであれば、距離を取りましょう。

わかりやすく言えば、接触を断つということです。

後ろめたさは無用です。つながっていた方がいい理由はあるでしょうが、それはあなた自身が「悪」に染まることと引き換えにするほど大事なことでしょうか。