「試験本番で頭が真っ白になって何も考えられなくなちゃって…」

塾の代表を務めるわたしはAくんに不合格だった「入試」の復元答案を作成してもらい、採点に取りかかった。そして、愕然とした。設問の条件の読み誤りなど、信じられないミスを数多く犯していたのである。

Aくんはポツリと言った。

「試験始まったら、頭が真っ白になって何も考えられなくなっちゃって……」

この埼玉県の私立中の不合格を受けて、Aくんの母親に千葉県の私立中学校の出願をお願いした。今度は彼の持ち偏差値より10ポイント下で「合格率80%」が出る学校である。これなら安心だろう……。しかし、またもや不合格。

さすがにこれは、おかしい。再びAくんを面談したところ、試験当日の驚くべき母親の言動が分かった。Aくんによると、入試会場に向かう中、母親から罵声を浴びせ続けられていたとのこと。電車で向かう途中に車内で彼が参考書を広げていると、それを母親は取り上げて問題を出題し、彼が返答に詰まると「なんであなたはこんなのも分からないのよ!」「こんなんじゃ受かるわけがないでしょ!」と怒鳴られたそうだ。

普段はあまり声を荒らげることのない母親なのに、年が明けたころからその言動がおかしくなった、とAくんは告白した。母親は中学入試本番が近づくにつれ、「落ちるのではないか」という不安感に完全に支配されてしまったのだ。そして、Aくんはその母親に追い詰められた結果、おびえながら入試本番に臨むことになった……。これでは普段の実力を発揮できないのは当然である。

「お母さんは入試に行かないでください」

合格ほぼ確実なはずの「安全校」を立て続けに不合格となった1月下旬、わたしはAくんの母親と直接面談をした。イチかバチか、率直にこちらの考えをぶつけることにした。

「Aくんが不合格を続けているのは、応援にいった講師のせいではないのではないでしょうか。残念ながら、入試本番間際まで彼に罵声を浴びせた親御さんの影響が大きいと思わざるをえません」

母親は最初、「えっ」と意外な顔をしたが、どこか心当たりがあったのか、その後、うなだれた。話を聞くと、試験当日にAくんの顔を見るだけで、不安な思いがどんどん膨らんで、キツイことばが口を衝いてつい出てしまったというのだ。このように普段は温厚な母親が受験直前の異様な緊張感の中で、豹変してしまうことは、「あるある」である。

わたしは、その場でこう提案した。

「2月1日の第一志望校ですが、ご自宅からすぐの場所ですよね。入試はAくんひとりで行かせてください。校門前でわたしたちが彼の気持ちを落ち着かせます。だまされたと思って、ここはわたしに従ってもらえないでしょうか」

母親はうなずいた。

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Aくんの第1志望校は彼の持ち偏差値より4ポイント上のところにある「挑戦校」だ。試験当日、彼は約束通り、入試会場にひとりでやってきて、講師から励ましを受け、笑顔で試験会場へと入っていた。そして……見事に合格を果たしたのだ。

精神的にも身体的にも未熟な小学6年生の場合、ちょっとした体調や気持ちの不良、そして親のサポート態勢などによって、試験のパフォーマンスがまったく異なることがしばしば起こるのだ。