しばらく受電を続けていると、後ろめたさは消えた

例の『対応の心構え』では、

<お困りの気持ちに配慮した、寄り添った対応をする>

と謳いながら、その直後に

<(但し、回答自体は決められた範囲)>

と注釈がつけられていますが、まさにこのジレンマを表しているわけです。

さらにその次の、

<制度を正しく理解し、お客様のほしい情報を正確・ていねいに提供する>

に至っては、もはやブラックジョークです。

しかし私は、根が薄情なのかもしれません。しばらく受電を続けていると後ろめたさはいつの間にか消え、マニュアル通り、申請から2週間未満の方の問い合わせには「恐れ入りますがもう少々お待ちいただけますでしょうか」をいかにも感情たっぷりに、しかし機械的に繰り返すようになっていたのです。

「これ以上時間かかったら、首つって死なないかん……」

決まり文句もいよいよ板についてきた夕刻、その日何本目かの進捗確認電話が入りました。

「申し込んでから1か月もたつのに、何の連絡もないんです。審査はどうなっとるんでしょう」

声の主は中年と思われる個人事業主の男性です。2週間以上が経過しているので管理者に照会してもらうと、まだ審査中でした。私が伝えられる回答は、申請直後の入電者に対するものと同じです。

「恐れ入りますがもう少々お待ちいただけますでしょうか」

男性がもう一度尋ねてきました。

「前に問い合わせた時もおんなじ答えやったんです。いつまで待ったらええんでしょう?」

それでも私は、こう答えるだけです。

「お気持ちはお察しいたしますが、もう少々お時間をいただけませんでしょうか」

すると男性はひとつ弱いため息をついた後、

「取引先にずっと支払い待ってもろとるのに、これ以上審査に時間かかったら、首つって死なないかん……」

と漏らして、静かに電話を切ったのです。関西あたりのイントネーションが感じられる彼の口調は、穏やかでした。むしろ、少し冗談めかしながら話を終わらせたようにさえ聞こえました。でもだからこそ最後のひとことが、血を吐くようなうそ偽りのない訴えに感じられたのです。断じて、思わせぶりのひと芝居などではなかった。なのにこちらは、紋切り型の言葉を返すことしかできません。

私はいったい、何のためにここにいるのだろう……。

OJTの翌日から、いよいよ本格的な業務に入りました。以降、私はさまざまな光景を目の当たりにし、さまざまな声を聴くことになるのでした。(1月4日公開の第2回に続く

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