人を育てる原点

わたしが選手としてベテランと言われるようになったころである。

キャッチャーマスク越しに、「ストライクさえ投げれば、後はオレがなんとかするからな」と、若い投手たちによく言っていた。これは、捕手というポジションとしての自信の表れであり、「なんとしてでも、この投手を勝たせてあげたい」という親心のようなものでもあった。

こういった捕手の思いは、若い投手には特に伝わる。

自分のエゴや欲から離れた、「本当にこの人間を育てたい、伸ばしたい」という気持ちは、人を育てることの原点だ。素質を見抜き、適性を判断することも大切だが、その前に、この気持ちがなければ人を育てることはできない。

なかなか結果の出ていない投手の大半は、自信を喪失している。しかし、「後はオレがなんとかする」という言葉をかけると、捕手を信用し自信を持ってミット目がけて投げることができる。

こういった信頼関係が生まれると、それが成長するための大きな力に変わる。指導する側とされる側の関係も同じことだろう。

本当にその選手のことを思い、なんとか才能を開花させてやりたいと思いながら指導すれば、選手も指導者を信じて厳しい練習にもついてきてくれるのである。

最後にものをいうのは「情」である

1969年オフ、わたしは、当時の南海の川勝傳オーナーから選手兼監督を要請された。

監督、捕手、4番打者のひとり3役はさすがに重荷で、「監督を引き受けたら、選手としては終わるだろう」との気持ちが強かった。

まだ35歳という選手としても勝負できる年齢であったことに加えて、前年度最下位に沈んだチーム状況だ。よろこんで監督を引き受ける状況とは言い難かった。

それでも、火中の栗を拾うことにしたのは、川勝オーナーのこの言葉が理由だった。

「君しかいない」

野村克也・著『野村の結論』(プレジデント社)

わたしは、この言葉に論理的な裏づけがなかったにもかかわらず、ひとりの男としてオーナーの信頼を受け止め、「自分がチームを引っ張っていってやる」と発奮した。まさに、魔法の言葉である。

わたしは、「理を以って戦う」ことを信条にしている。だから、「考える力」「感じる力」を養い、知力を総動員して戦いに挑むことを是とする。その過程において、選手たちの成長する要素が詰まっているとも考えている。

ただし、いくら理論や数値を積み上げたところで、最後にものをいうのは「情」であることも、理解している。

「意気に感じる」ことこそ、人を奮い立たせる最高のエネルギーになることは、勝負の世界に身を置く者なら誰もが理解しておくべきことだ。

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