大天幕の裏にある「コンテナハウス」での共同生活

現在、木下サーカスも時代の流れの中で、「会社」というイメージが強くなった。海外のパフォーマーが増え、新しく入団してくる若者たちは垢抜けた雰囲気を身にまとっている。だが、彼の入団した当時の芸人たちは職人気質で、サーカスには一つの「村」や「共同体」の趣きがまだ色濃く残っていた。

日本中を巡業するサーカスでは、公演ごとに現地採用されるスタッフを除き、団員の多くが大天幕の裏のコンテナハウスで生活をしている。福山市のアパートを引き払った彼も、テレビと小さな冷蔵庫、着替えと布団だけを持ってサーカスに引っ越した。

部屋はコンテナを三等分したスペースが割り当てられ、窓とコンセントと換気扇が備え付けられていた。そこにコンロと冷蔵庫、新しく買った小さなテレビを置くと、ようやく自分の部屋らしくなった。

派手な化粧ときらびやかな衣装に身を包んで演技をする芸人たちも――思えば当たり前のことだが――大天幕の裏では家族とともに生活感のある日々を送っている。その一員として迎えられ、みなで協力し合いながらの暮らしは新鮮だった。

「入った頃は毎日が合宿のような感じでした。何しろ年の近い人たちとの共同生活をするんです。なんだか『ふわふわした気持ち』がしたというか……。合宿と違うのは、その生活がずっと続いて終わりがないことです。自分のペースで練習や生活ができるようになったのは、その『ふわふわ』とした感覚に慣れてからでしたね」

撮影=門間新弥
事務所のコンテナでインタビューを受ける中園栄一郎さん。壁には新聞記事が貼られていた。

31歳のときに結婚、3人の子供を持つ「単身赴任」の父親

ちなみに、中園さんは31歳のときに結婚している。相手は広島公演の際にアルバイトをしていた女性で、現在は3人の子供を持つ父親でもある。家族とともに巡業する芸人もいるが、彼は結婚当初から単身赴任の生活を送ってきた。

ひとつの公演は約2か月、広島に近い公演であれば頻繁に会えるが、それ以外は休みの日に飛行機や新幹線のチケットを取って帰る。春夏の休みに子供たちがサーカスに来て、1週間くらい過ごすこともあるとはいえ、基本的に家族が一緒にいられるのは公演期間中の2日間ほどだという。

「いまはLINEなどでメッセージを送り合えるので、そこまで寂しくはありません。とにかく妻と子供たちには感謝しています。僕がこの仕事に打ち込めるのは、家族の理解があるからですから」

サーカスの一員になって以来、ある時期からささやかな楽しみになったのは、公演地で行きつけの飲み屋を作ることだ。ふらっと店を訪れ、一人で飲みながら本を読む。そして、2か月間の公演を終えると、彼の姿は街から風のように消える――。