この手法、賢明な読者には、従来の自然科学を中心に発展してきた科学的方法(仮説検証を軸とする論理実証的方法)のそれとは対極にあることがわかるだろう。従来の科学の世界では、研究者は対象とはできるかぎり距離を置くことが肝要だとされる。研究者は、いわば神様の立場に立って、対象の配置や動きや関連を眺めて、その規則性を導き出していくことを本分とする。科学者にとって対象とは、外から客観的な目でもって観察する対象であって、棲み込む対象ではない! 科学者は、現実世界とは一定の距離を置くべきであって、その対象を巡る現実の渦の中に巻き込まれてしまっては、科学(者)の存在意義さえ失われてしまう!
こういう立場は、研究(者)における「認識優位」と呼ばれる立場である。科学は、認識優位の立場に立ち、客観性や再現性や信頼性を確保することで発展すると信じられてきた。そうした科学の世界では、対象に棲み込むことは禁じ手になる。だが、ポランニーの知の暗黙の次元においては、その禁じ手が解かれてそれが前面に躍り出てくるのだ。対象に棲み込み、既定の視点やものの見方から解放することで、隠れた知の力が引き出される。
化学者として科学世界において名をなしたポランニーが、半世紀も前に、現在のわれわれでさえも信じて疑わないこうした科学概念に果敢に挑んだわけである。われわれの立場に即して言うと、「仮説検証こそが経営実践の極意」と考える経営常識に対して、敢然と反旗を翻すものなのである。