殺伐とした時代に染みわたる本当のやさしさ

鬼滅の刃』は鬼との闘いを描く作品ですから、血も流れるし残酷なシーンもあります。しかし特にテレビアニメシリーズを見ていると、なぜか毎回すごくほっとする気持ちになる。ちょっとしたギャグだけでも、とても癒やされるのです。

今の世の中は「不寛容の時代」と言われるように、少しでも落ち度があった人を徹底的に追い詰めるところがあります。コロナの「自警団」などもそうですし、マスクをしていないというだけで白い目で見られるなど、ルールを守らないやつ、非常識なやつは問答無用で叩いていいという風潮がある。

一方で、炭治郎は本当に寛容度が高く、敵に対してさえも、「そうだよな、人には事情ってあるしな」「そうせざるを得ない、何かがあったかもしれない」と、隠された背景に思いを馳せることができる。自分を刺した人間ですら、「鬼に操られていたのだから仕方ない」と言って助けようとするのです。

殺伐とした世の中だからこそ、人々のあいだには温かい思いやりに対する飢餓感があった。だからこそ炭治郎の思いやりが、人々を惹きつけるのかもしれません。思いやりというのは日常で言葉にすると白々しくなりますが、この物語では、「死」というものと常に対面しているからこそ、それが際立つのでしょう。

私たちも、新型コロナウイルスの流行によって「死」を意識する機会は増えたといえます。若い人たちはコロナに感染しても重症化しないといわれていますから、特に死が身近になったわけではないけれど、それでも普段よりはなんとなく、死というものが意識される。そういう状況にあって、人のためにがんばる炭治郎の姿に、私たちは救いを感じるのかもしれません。

落とし物を拾っていくような仕事も必要

多くの人々が、共感型、そして利他的な価値観を求める時代ということは、マーケティングだけではなく、リーダーシップの在り方にも大きな示唆を含んでいます。

ビジョン型のマネジメントでは、達成感の共有はあるけれども感情が挟まる余地がほとんどありません。欧米型の男性的なリーダーシップの在り方と言えます。「あそこを目指すぞ! オー!」と、前しか見ずに進んでいってしまいがちで、そこについてこられない人や、見落としているものに気づく余裕はありません。現代のプロジェクトにおいて、社内外のさまざまな人材がそれぞれの都合や背景を背負いながら仕事をしていく場合、他者に共感し、目配りをして落とし物を拾っていくような優しさがあって初めて、地に足がついたプロジェクトになるのではないでしょうか。私はその意味で、男性的リーダーシップと女性的リーダーシップが半々であったほうが、プロジェクトはちょうどうまく進むと考えています。

(構成=長山清子)
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