左頬を2回叩いた。「母は言い返すことなく、私の顔をじっと見ていた…」

母親は転倒事故後、1カ月以上たっても介助歩行がうまくできない。手すりを持って数秒立つことさえままならず、なかなか事故前の状態に戻らない焦りと事業所への恨みから、狛井さんのいら立ちはますますつのっていた。

そんなとき、母親はトイレから廊下の手すりを持ち、車いすまであと少し……というところで床にしゃがみ込んでしまう。介助していた狛井さんは、「なんでこんなことができへんのや!!」と母親の左頬を2回叩いた。

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「母は、私に言い返すことなく、にらみ付けるわけでもなく、ただ私の顔をじっと見ていました……」

問題の事業所は、母親の事故から約1カ月後、事業所都合で訪問ヘルパー業務から撤退。新しい事業所のヘルパーと交代した。

新しく変わった事業所の訪問ヘルパーさんは、母親の寝かせ方も布団のたたみ方も、丁寧で完璧だった。狛井さんは「この人なら信頼できる」と思っていた。

あるとき、狛井さんが介護ノートに、できないことが増えていく母親に対して、叩いてしまったり、ひどいことを言ってしまったりしたことを悔やむ文章を残す。するとそのヘルパーさんは、母親に狛井さんが悔やんでいることを伝えてくれたうえで、母親の気持ちを代弁してくれた。

「息子は何も悪うない、出けへんウチが皆悪い」

「お母さん、『息子は何も悪うない、出けへんウチが皆悪い』って言ってましたよ」と……。

それを聞いた狛井さんは、涙があふれるのを止められなかった。

「母は何ひとつ悪いことなどないのに……。自分の未熟さが情けなかったです。それ以降は、たとえどんなことがあろうと、一生、母の世話を続ける。その思いしかありませんでした」