「おやじ」が明かすリーマン・ショックの苦い教訓
念のために説明しておく、「おやじ」とは正式な肩書だ。居酒屋でくだをまいている、ただのおやじのことではない。河合の「おやじ」は生産現場を統括するリーダーという意味である。正式な肩書であり、彼はトヨタのチーフ・モノづくり・オフィサーでもある。
その河合が部下たちに伝えているカイゼンとは「めんどくさいなと思ったことを楽にやれる方法を考えろ」だ。
たとえば、テレビのリモコンだ。昭和の昔、テレビのチャンネルを変える時は本体についているチャンネルスイッチをがちゃがちゃと動かしていた。寝転がってテレビを見たい人間にとっては、チャンネルを変えるためにいちいち起き上がるのは大変な苦痛だったのである。リモコンができた結果、誰でも寝っ転がったまま、姿勢を変えずにチャンネルを変えることができるようになった。
河合はそんなことを考えればいいんだと言っている。
「今回、新型コロナの危機管理がまあまあうまくいったのは、日ごろから筋肉質な組織にするためのカイゼンを行ってきたからだ。それに尽きる。2008年リーマン・ショックの時、売れ行きが落ちて在庫が膨らんだ。あの時、管理職は大変だ、大変だと騒いでいた。騒いでいたけれど、誰も現場へ出ようとしなかった。パソコンの前にかじりついて離れなかった。僕は現場の部長で、現場につきっきりだったから、よく覚えている」
危機の時、経営者は怒っちゃだめだ
「ところが、今回は大変だ、大変だと騒ぐ連中はいなかった。経営陣はにこにこして、ひとことも怒らなかった。社長も番頭の小林さんも怒らなかった。ただし、ふたりとも平時にはキツイこと言ってるけどね。危機の時、経営者は怒っちゃだめだ。デーンと構えて、いつもと同じことをする。現場が自主的に考えて行動しないと危機を乗り切ることなんかできない。今回、僕は若い連中から、『おやじ、現場に来ないで、休んでろ』って言われたんだよ」
確かに、トヨタは筋肉質になっている。
リーマン・ショックの直後、生産台数は15パーセント減り、4000億円を超える赤字となった。新型コロナ危機では、生産台数が約20パーセント減ったにもかかわらず、通期では7300億円の黒字になると見込んでいる。河合が言うとおり、11年間、カイゼンしてきたことが実を結んだと言える。