匿名であっても個人は特定され得る

匿名であってもネット上で誹謗中傷や悪ふざけをした人は、条件を満たせば特定されうる。ネット上の書き込みや投稿は「IPアドレス」が残るため、被害者が発信者情報開示請求をすれば携帯電話会社やプロバイダを通して、発信者を特定できる仕組みだ。

木村さんの死によって、中傷の投稿やアカウントを削除する動きがある。しかし削除しても、アクセスログが残っていれば同様の理由で発信者を特定できるため、責任の追及は免れない。

このまま逃げられると思ったら大きな間違いだ。匿名なら何を言っても構わない、そんな考えを持っているなら今すぐ捨て去るべきだろう。

後を絶たない誹謗中傷、法的措置には高いハードルも

法務省の「平成30年における『人権侵犯事件』の状況において」によると、インターネット上の人権侵犯情報に関する事件数は1910件で、前年に次いで過去2番目に多い件数を記録している。インターネット上の人権侵犯事件の内訳を見ると、「プライバシー侵害」と「名誉毀損」、つまり誹謗中傷が多くなっており、両事案が全体の79.4%を占めている。

誹謗中傷が木村花さんの死を招いた可能性が指摘された頃から、弁護士のもとにくる相談内容にある変化があったという。「このような書き込みは誹謗中傷として訴えられる可能性があるか」「書き込みからかなり時間がたったが、特定されるか」など、誹謗中傷加害者からの相談が増えたという。

インターネット上での誹謗中傷事例は非常に多い。筆者も「Twitterに悪口を書かれた。明らかに私のこととわかるように悪口を言っている」「匿名掲示板に根拠のない嘘を書き込まれた。なんとか削除したい」などと相談されたことがある。

一方で、意外にも、実際に訴えられた事例はそれほど聞かない。その原因は「お金」と「時間」という、被害者には酷なほど高いハードルがあるからだ。

高額な費用と長期にわたる訴訟

理由の一つは、訴えるためにかかるお金が高額だからだ。訴えるためには、弁護士に依頼して「発信者情報開示請求」という手続きを取る。そこから損害賠償請求訴訟をするまでには、100万~150万円が必要となる。

裁判で加害者の罪が認められて慰謝料が支払われても、賠償額の相場は100万円程度。もちろん、罪が認められない場合はすべて自腹となる。つまり、せっかく訴えても赤字になるリスクが高いのだ。

もう一つは、時間がかかりすぎるためだ。投稿者の身元の特定にはおよそ半年から1年もかかる。それから損害賠償訴訟となるため、かかる期間はさらに長くなってしまう。そこで、訴訟となる前に誓約書を書かせた上で示談金を受け取り、和解となることも多いそうだ。

ただし、これに関しては総務省が手続きの簡略化や開示情報の拡充などを検討しており、早期に改善される見込みとなっている。つまり、今のように被害者は泣き寝入りしなくてもよくなり、加害者は特定される可能性が高くなる。