ビジネスの世界にも応用できると評判の「吉本営業マニュアル」。BSよしもとの人気番組「営業-1グランプリ」から生まれたこの看板コンテンツが、一冊にまとめられた。書籍『ウケる現場のつくり方』の著者であるお笑いコンビ・サバンナ 八木真澄さん(営業-1グランプリ製作委員会との共著)が、30年以上にわたる営業活動から編み出したノウハウの数々。そこからビジネスパーソンは何を学ぶべきか――。芸人の営業術を通じ、「形のないものを売る」という仕事の本質について、八木さんに聞いた。
営業仕事のオファーが途切れない芸人は何が違うのか?
2022年の秋、僕が48歳のときにテレビのレギュラー番組がゼロになったんです。当時は家を買ったばかりで、子供はまだ小学生。1本、また1本と、徐々に減ってはいましたが、収入のアテが完全になくなり、これからどうしよう……って不安に押しつぶされそうになりました。そんなとき、僕が所属する吉本興業の営業部の人たちが助けてくれました。人気芸人と僕を抱き合わせることで、“営業”の仕事をくれたんです。
吉本興業の営業とは、クライアントからオファーをいただき、イベントに出演させていただくことを指します。イベントは、企業の記念行事や学園祭、講演会をはじめとして本当に多岐にわたります。
その頃時を前後して、吉本興業営業部も100年以上の歴史の中で、経験したことのないピンチに陥っていました。コロナ禍で営業仕事がすべて飛んでしまっていたんです。幸い、「オンライン営業」という新たなスタイルを確立して、なんとかピンチを脱出しました。
コロナ禍収束後もオンライン営業を続けていく中で、営業部から「営業マニュアルをつくろう」というアイデアが出てきました。吉本にはいろんなタイプの芸人がいます。僕ら芸人は個人事業主ですから、それぞれが「持ち味」や「売り」を持ってます。ごはん屋さんに例えるなら、高級割烹をやってる芸人もいれば、寿司を握ってる芸人もいる……そんな感じです。僕なんかは「味は普通で、早くて安い店」ですかね。そんな中でも、営業仕事のオファーが途切れない芸人と、そうでない芸人がいる。ということは、営業仕事が多い芸人には、きっと経験から編み出した、その人なりの「営業の心得」があるんじゃないか? だったら、それをマニュアル化して共有しようというわけです。
書籍版“営業マニュアル”誕生秘話、「吉本営業部に恩返しがしたかった」
そこで、BSよしもとで2023年12月に始まり現在は半年に1度放送されている特番「営業-1グランプリ」の一コーナーとして生まれたのが「吉本営業マニュアル」なんです。僕が吉本芸人に向けて営業の心得を伝え、芸人たちがまた営業の現場で心がけていることを発表するコーナーなんですけど、内輪ネタすぎるので、当初はテレビでは放送されず、番組YouTubeだけで配信されました。
ところが芸人はもとより、一般の方々からの共感コメントが多数寄せられて人気となり、今では番組の看板企画になりました。もともとは芸人に向けてやっていた企画なんですけど、それが出版社の目に留まり、「このノウハウは一般のサラリーマンの世界にも通じる。本にしてみませんか?」という提案をいただいて、書籍化することになったんです。それがこの『ウケる現場のつくり方』です。
サバンナ 八木真澄、営業-1グランプリ製作委員会 著/KADOKAWA/本体価格1,800円+税
仕事が途切れない人は何が違うのか……。吉本興業の芸人による営業や講演会出演回数ランキング上位の常連・サバンナ八木さんが現場で培った「営業の心得」が一冊に。営業現場、人間関係、考え方や立ち居振る舞いといった切り口から、ビジネスシーンで活用できる42個のノウハウを伝授。
「営業仕事のオファーが途切れない芸人と、そうでない芸人」と言いましたが、サラリーマンの世界でも同じように、「特別秀でた才能があるわけじゃないのに、なぜかアイツは仕事を取ってくる」という人がいるでしょう? 周囲からは単なるラッキーにしか見えないかもしれませんけど、きっとその人なりのテクニックがあるんですよね。ただ僕はサラリーマンやってないから、その世界のことはわからない。そこで書籍化にあたり、芸人のテクニックはサラリーマンの世界でも使ってもらえるのではないかと考えて、営業部の人間と話しながら「通訳」してもらったって感じですかね。
この本の著者は「八木真澄、営業-1グランプリ製作委員会」となっていますが、まずは僕が書いて、吉本営業部に監修的に加わってもらいました。正直、僕一人では書けなかったんですよ。だって、サバンナ八木が他の芸人に向かって営業の心得を指南するっていうのが構図的におかしいんです。「何でおまえが言うてんねん!」ってなるじゃないですか。
それに、自分が長年の経験で培ってきた「秘伝のタレ」的な部分って、ホンマはまねしてほしくない部分もありますよね。ただ僕には、「仕事でいちばん苦しいときに吉本営業部に助けられた」っていう恩がある。とにかく恩返しがしたいんですよね。だから、僕なりの営業ノウハウを僕が伝授するんじゃなくて、それを吉本営業部が形にして、本として他の芸人に教えるっていうのは OKだと思ったんです。
「ウケない理由がわからない」から場数を踏んで生まれたノウハウの数々
僕自身は、デビュー当時は「営業=怖い」っていうイメージしかなかったですね。約30年前、僕たちのお客さんは高校生から大学生ぐらいのお笑い好きの女性が中心。つまり、「サバンナの笑いを求めて、劇場に足を運んでくれた人たち」です。ところが、舞台が寄席に変わると客層が一変するので、今までウケてたことがウケなくなるんですよ。さらに営業だと、会場がボートレース場とか競輪場ですから。おじさんたちが「ここでやんの?」みたいな感じで見てきて、めちゃくちゃ怖いんですよ。
サバンナとしてコンビで営業に行ってたのは30歳ぐらいまでで、その後は、なかやまきんに君とのユニット「ザ☆健康ボーイズ」で15年間ぐらい行って、きんに君が吉本を辞めてからは1人で行くようになったんですけど、やっぱり怖かったですね。1人だと間がもたないんですよ。そこで、「ブラジルバッグ」という僕がキャラクターになったオリジナルグッズをつくってお客さんにプレゼントしたり、ネタにも少しずつ新しいくだりを入れたりしながら、ちょっとずつ時間を延ばしていくって感じでした。最初は5分が精いっぱいやったのが、やがて6分できるようになって、10分になって……気づいたら、今は90分の講演会ができるようになりました。
最初のうちは、ウケなかった理由がわからないんですよ。「あの言い回しがダメだったんかな?」とか、「もっとエッジ効いたこと言った方がよかったんかな?」とかってさんざん悩みました。でも、あるとき、なぜかウケた会場があって、ふと気づいたんです。「あっ、客席が近いだけでウケんねや」って。答えはムチャクチャ単純やったんです。
それに気づいてからは、毎回、早めに現場入りして準備するようにしています。自分だけのイベントのときは、主催者の方に「椅子、動かしていいですか?」って確認して、他に支障がなかったら、自分で椅子を配置します。舞台に対してまっすぐ向いているのをちょっと斜めにしたり、椅子と椅子の間隔を10センチ詰めるとか、そこはムチャクチャこだわってますね。
単純やけど、実践の場で失敗と改善を繰り返したからこそ、この答えにたどり着くことができたんですよね。こんなふうに一つ一つ克服していって、今では営業が少しだけ怖くなくなりました。
この流れでこんな話をすると意外に聞こえるかもしれないんですけど、僕は「自分の次の仕事につなげよう」と思ってやってるワケじゃないんですよ。例えば、毎年吉本の芸人を呼んでくださるクライアントさんなら、次の年は僕じゃなくて他の芸人が行った方が絶対に盛り上がるはずなんです。だから、後輩たちにつないで、また4年後ぐらいに僕の番が回ってきたらいいな(笑)って、そういう感覚でやってます。
サラリーマンほど夢がある職業はない!
僕は個人事業主ですけど、「サラリーマンほど夢がある職業はない」と思うんですよね。仕事をするうえで、個人でできる行動ってめちゃくちゃ狭いですよ。だって、そもそも個人事業主として商売したいと思ったら、まず「東京で店舗を持てますか?」という話じゃないですか。その点、会社なら、資金力もあれば信用もある。仕事で何か成し遂げたいことがあるんだったら絶対サラリーマンやと思うんです。会社に所属することで、「仕事でやりたいことの実現可能性」は、明らかに高くなるんですよ。
もちろん、会社の中で認められて出世するのは簡単じゃないと思います。ただ、サラリーマンの評価軸って、単に「スキルが高い」とか「仕事を効率よくこなす」だけじゃない。この本に書いてあるように、「取引先の人に気持ちのいいあいさつができる」とか「トラブルが起きても落ち着いて対応できる」みたいなことが大事なんだと思います。視野を広く持ち、社会の仕組みをくみ取ることで、不毛な戦いやストレスを避けることもできます。「成功の秘訣」のほとんどは、ネタ以外の部分にこそ隠されているんです。
おかげさまで最近は、街を歩いてるときにスーツ姿の方から「八木さん、営業マニュアル見てますよ!」って言ってもらえる機会が増えました。リアルにサラリーマンの人が見てくれてることを実感しています。
『ウケる現場のつくり方』には、マニュアルとして42個のノウハウが収録されています。サラリーマンの方なら、このうち1個でもハマれば元は取れると思います。たとえ1個でも、いま30歳の方が60歳まで働くとして、「30年間で7500日ぐらい分の行動が変わる」わけじゃないですか。ぜひ、参考にしていただけたら“営業芸人”としてこれほどうれしいことはないですね。
(取材協力=サバンナ 八木真澄、構成=梅澤 聡、撮影=kuma*)