イライラしたら「ゴロンと横になる」
禅の調身・調息・調心という言葉に沿って解説したが、身心一如という言葉が示すように、これらは本質的には分けられない。また禅では自力が強調されるが、自力のみではどうしようもないこともある。時には、他力も大切だ。誰かに腕を揺らしてもらうというエクササイズもあるが、自分一人しかいなくても自力に頼らないアプローチも可能だ。
イライラして怒りっぽくなっているときや不安なときは、いっそゴロンと仰向けに寝ころぶとよい。脳波や脳画像の研究でも、仰臥姿勢は怒りを抑制することが示唆されている。ここにマインドフルネスの要素を加えることもできる。ボディスキャンというエクササイズは、実際、仰臥でやることが多く、つま先から頭のてっぺんまでの身体感覚について、10~30分ほど時間をかけて、ゆっくりとスキャンするように注意を移動させていく技法だ。ボディスキャンを何人かで行うと、誰かしら必ずといってよいほど寝てしまい、いびきが聞こえてくる。マインドフルネスは、ある意味、睡眠とは対極にある覚醒状態だが、身体心理学的には、この「寝てしまった人」から学ぶことも多々ある。
前編で呼吸を調整する方法をいくつか紹介したが、コントロールしないあるがままの呼吸を理想とする考え方もある。安心しきって眠っている赤ちゃんが呼吸法の最高師範だという専門家もいるくらいだ。周りに人がいても眠りにつけるほどリラックスできるということ自体、その心身のありように敬意が払われて然るべきだ。
「果報は寝て待て」は苦難の時代を生き抜く叡智
『ドラえもん』(小学館)に「ねむりの天才のび太」という話がある。授業中に居眠りをしていて叱られたのび太が、ジャイアンに「そんなにねむってばかりじゃ、のうみそがとろけちゃうぞ」と馬鹿にされ、眠るのが悪いなんて誰が決めたんだと思ったのび太は、「もしもボックス」を使って、眠れば眠るほどエライという世の中にしてしまう。のび太のもとには、テレビ局から出演依頼が来て、0.93秒で寝るという世界新記録(?)を出す。解説者は「ねむりながら戦争はできません。平和のため、のび太先生をお手本にして、みんなねむりましょう」と説く。「つまらないうらみは水に流し、手をとりあってねむりの道をきわめよう」というのび太であったが、経済活動が停止してしまい、ごはんも食べられなくなり、また元の世界に戻すというオチだ。
新型コロナの感染拡大の速度を抑制して時間稼ぎをしているものの、どこまで長期化するかわからないコロナ禍の時代。経済活動をすべて止めるわけにはいかないが、ちょっとしたことでイライラしたり、人に八つ当たりしたり、あるいは不安を感じたり、落ち込んだりするくらいなら、ひとまずゴロンと横になり、重力に身を任せて、ねむりの道をきわめたいものだ。「果報は寝て待て」という諺は、心と体、そして自力と他力が一つに融合した、苦難の時代を生き抜く叡智ではないだろうか。
本記事で参照した研究の詳細は、下記の文献にあります。
仰臥姿勢
Harmon-Jones, E.,&Peterson, C.(2009). Supine body position reduces neural response to anger evocation. Psychological Science, 20(10), 1209-1210.
マインドフルネス
Hayes, S. C.&Smith, S.(2005). Get out of your mind and into your life. Oakland, CA:New Harbinger.
春木 豊・菅村 玄二(編訳)(2013).マインドフルネス瞑想ガイド 北大路書房.
越川房子(編)(2007).ココロが軽くなるエクササイズ 東京書籍.
越川房子(監訳)(2007).マインドフルネス認知療法:うつを予防する新しいアプローチ 北大路書房.
菅村玄二(2016).マインドフルネスの意味を超えて:言葉、概念、そして体験 貝谷 久宣・熊野 宏昭・越川 房子(編)マインドフルネスの基礎と実践(pp.129-149) 日本評論社.