なにかを手放すのは簡単なことです

銀座という街は、ほかの歓楽街とは違った機能を持っていると私は確信しております。ジャーナリスト、作家、編集者。そういった方々が集まれば話題は尽きることなく、新しいものが次々に生まれる。新宿、渋谷、六本木、人が集まる場所は多くありますが、文化人の方たちが一堂に集まるのは銀座くらいではないのでしょうか。

同じ店でいろいろな分野の文化人が集まるのです。普段は接点がないけれど、お互いに会うべき人たちが自然と集まることができる。この文化は、後世にも残していかなければなりません。

撮影=市来朋久
銀座の文化と「ザボン」を守るため、クラウドファンディングで「オンライン飲み」にも挑戦する

休業要請というものは法的に縛られることはないですが、私としては営業を再開できません。いまは苦しいけれど、この状況で営業をしてお客様が感染してしまったら、それこそ店が潰れてしまいます。銀座という文化を守るためにも、いまはみんなで歯を食いしばるしかないのです。

作家の島田雅彦先生からは「銀座の灯を消さないで」と励ましの連絡がありました。林真理子先生からも「再開したら真っ先に駆け付ける」と激励の言葉が。重松清先生は「いまは心と身体を休めると思ってゆっくりしてください」と私におっしゃいました。

お世話になっている先生方の気持ちは大変うれしく、それと同時に「このまま終わっていいわけがない」と、弱気になりかけていた自分に喝が入りました。なにかを手放すのは簡単ですが、それを取り戻すこと容易ではありません。

クラブ・ザボンは私のすべてです

私には、ある先生に言われたいまでも忘れることができない言葉があります。銀座にやってくる男性たちは、みなさんエリートばかりです。あるとき店で、「私、エリートの男性と結婚したいわぁ」と漏らすと、伊丹十三(97年没)先生が、こうおっしゃいました。

「バカじゃないのか。銀座の女には不幸の影がないといけないんだ。あんたが幸せな女だったら、いったい誰が店に来るんだよ」

休業中のこの空虚な生活がこれから死ぬまでずっと続くと思うと、私は耐えられません。経営に苦しみながらも「ザボン」という私のすべてでもあるこの店に、当たり前のように立てていたことが、何事にも代えがたい幸せだったのだと、いま、自粛中の自宅で噛みしめています。

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