日本とマレーシア「二拠点生活」の恩恵

プロジェクト立ち上げの背景には松坂自身の歩みも関わる。松坂は英ファルマス大学グラフィックデザイン科イラストレーション専攻で、卒業後には現地の広告会社でインターンをしながらフリーのイラストレーターをしていた。複雑な感情をそのまま表現できるビジュアル化の力を肌感覚で理解していたのだ。

そして何より日本とマレーシアのニ拠点生活も背中を押した。

撮影=佐藤新也

「このプロジェクトは、日本人の自分が日本とマレーシアの二拠点生活で完成させたことに意味があります。マレーシア政府に自国内から法改正を訴えても、一意見としてスルーされてしまいがちです。日本から見てマレーシアはおかしいと発信する方が強いメッセージになる。マレーシアでは政府のキーパーソンや現地の技術者を紹介してもらう、日本では所属する大企業若手有志チーム『ONE JAPAN』のメンバーに協力してもらうなど、つながりを増やしたこともアウトプットを加速させました。プロジェクトのコアメンバーは9人。うちマレーシアのメンバーが4人で日本のメンバーが5人。日本のメンバーは当時、会ったこともないユイニーのストーリーに共感して、惜しみない協力をしてくださいました。テクノロジーのチームは完全に日本です。結果的にマレーシアと日本の両方を巻き込んだプロジェクトになりました」

友人を助けることが社会貢献につながった瞬間

脳波のデータが蓄積されると治療の精度はさらに高まっていくという。現在、これまで集めたデータを活用しようとマレーシアの医療機関に働きかけ、共同リサーチを進めている真っただ中。集まったアート作品と論文をもとにマレーシア政府に訴えかけていくという。

組織の中で一歩踏み出した若手社員の事例集であるONE JAPAN『仕事はもっと楽しくできる』(プレジデント社)。「会社にいながらなりたい自分になれた」という松坂のエピソードも収録。

「言葉や筆跡、感情のデータがたまってくれば、自己分析などにも使えます。教育機関と提携すれば子供が何に適性があるかを導き出すこともできます。また不登校や引きこもりといった教育現場の問題を克服するための装置にもなりえる」

振り返ると松坂は「自分の仕事は誰を救っているのか。ずっと違和感があった」という。

「仕事で徹夜とかは全然いいんです。だけど誰のためになっているかが分かればいいな、と。もちろん広告を全く否定しないし世の中に必要な仕事ですが、僕が徹夜の仕事をして幸せにできるのは世界の上位10%の人だけかもしれない。もしかすると残りの90%の中に不幸にしてしまっている人たちがいるかもしれない。自分が心から共感できて少しでも社会を前進させる仕事に打ち込みたい。その意味で今、友人のためにはじめた自分のプロジェクトの先に、誰かのためになっているという確かな手ごたえを感じています」

(文=篠原克周 撮影=佐藤新也)
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