※本稿は原田隆之『痴漢外来 性犯罪と闘う科学』(ちくま新書)の一部を抜粋、見出しなど再編集したものです。
高校で痴漢を、大学で盗撮を始めた
痴漢外来を訪れる患者さんの具体的な事例を紹介したい。本人のプライバシーを保護するため、事例は仮名であり、本人の特定ができないように、細かな点を修正したり、複数の事例をまとめて一つの事例であるように脚色したりしていることをあらかじめお断りしておく。また、すべて事前に本人の許可を得ている。
シンジさんは、30代の快活な独身男性である。幼い頃に父を亡くし、母と二人暮らしをしている。
彼は、痴漢と盗撮と窃盗での逮捕歴がある。窃盗は、女性の下着を盗んだというものである。さらに、アルコール依存症の診断も受けている。このように、複数の性的依存症や他の依存症が併存することはめずらしくはない。むしろ、そのほうが普通であると言っていいくらいだ。
痴漢を開始したのは、高校生のときである。大学生になった頃は、ビデオで見た盗撮にも興味を持った。駅のエスカレーターで、短いスカートをはいた女性の下着を盗撮するために、ホームをうろつくようになった。最初は日に1~2時間だったのが、一番ひどいときには、憑かれたように連日終電まで女性を「物色」して歩くようになった。
「1回ぐらい大丈夫だろう」
シンジさんが逮捕されたのは、20代のとき、痴漢行為によってであった。この事件では示談が成立し、会社に知れることもなく、大事にはならなかった。事件後しばらくは、たしかに強く強く反省していたが、半年、1年と時間が過ぎると、その気持ちも薄らいでいった。
そして、最初の逮捕から一年二カ月後、「これまで何度も見つからなかったから、一回くらい大丈夫だろう」という気持ちから、再度痴漢行為に手を出してしまった。しかし、多くの人がそうであるように、一回ではすまなかった。久しぶりの痴漢行為は、ひときわ興奮やスリルが大きかった。また脳がドクドクと鼓動するような感覚を味わった。