妻に内緒で会社を辞め、退職金でソープランドに

こんなことがあって、彼はすっかりソープランドにはまり込み、ひどいときは一晩に数軒もソープランドの「はしご」をするようになった。月に何十万もの金を風俗店につぎ込んで、貯金も使い果たしてしまったが、それでもその誘惑に抗うことができず、風俗店通いがやめられなかった。毎晩のように帰りが遅い夫に妻は不信感を抱き、夫婦間のいさかいも増えたが、それがますます風俗店通いに拍車をかけることとなった。

驚いたことに、マコトさんは、風俗店通いを続けるために、会社を退職するという最終手段を取った。退職金をつぎ込もうと考えたのだ。妻に内緒で会社を辞め、会社に行くと嘘をついて家を出て、昼間からやっている店を見つけては、足繁く通うようになった。

しかし、そのような生活が長続きするわけがない。ほどなく金が底をつき、追い詰められた彼は、家を出た。誰にも相談できず、ホームレス同然の生活のなかで、自殺まで考えた。

幸いなことに、その後彼は福祉につながり、福祉事務所から病院を紹介された。そして、生活保護を受けながら治療を続けるに至っている。貯金は底をついていたが、借金がなかったことは不幸中の幸いだった。

今年に入って、彼は自宅でできる仕事を始めた。新たな人生の目標も少しずつ描くことができるようになっている。今の仕事は、人づき合いなく続けられるので、心理的な負担も少なく、自分に合っている。生活保護費は病院が管理しており、手元には自由に使えるお金がないため、風俗店通いはやりたくてもできない。

今の一番の課題は、性的な行動ではなく、もっと自分の人生や将来にプラスになる行動によって、自信や自尊心を回復することだと思っている。あの頃を思い返すと、何だか悪い「熱病」にでもかかっていたかのようだと感じる。「脳があたかも、セックスに乗っ取られてでもいたかのようだ」。マコトさんは、そう表現し、今はまるで憑き物が落ちたかのような安堵感を抱いている。

2つの典型例から見えてくること

二つの典型的な例を紹介したが、性犯罪であるかないかの違いはあっても、両者に共通することがいくつかある。一つは、どちらも性行動が「やめたいのに、やめられない」という状態になっていたことである。逮捕されても、貯金を使い果たして無一文になっても、やめられない。まさに、依存症と呼ぶにふさわしい状態である。

マコトさんがいみじくも「脳が乗っ取られていた」と語っていたように、依存症は「脳の病気」である。理性的な脳は、「やめるべきだ」と考えるが、もっと奥にある本能的な脳は、考えるというよりは、圧倒的な衝動で本人の理性をなぎ倒して、性的行動を行うように突き動かす。

もう一つの共通点は、性的行動の目的である。二人とも、当初は性的な興味・関心から性的行動を行っており、性的快感を得ることが目的であった。しかし、次第にその快感も薄れ、むしろストレスや孤独感を紛らわせたり、スリルを味わったり、自尊心を回復したりするための手段として、性的行動を繰り返すようになっていた。

これも、アルコール依存症や薬物依存症患者の姿と重なるところがある。ある薬物依存症の患者さんが、「一番みじめだったときは、家で一人泣きながら覚醒剤を打っていた」と話してくれたことがある。もはや薬物を使用しても、快感や興奮は何もなく、ただみじめになるだけなのだが、それでも離脱症状(いわゆる禁断症状)から逃れるため、そして、そのみじめさや寂しさを紛らわせるために、なおさら薬物にはまっていく。まさに地獄のような悪循環である。