慣例破りの「異例の登用」

そこで、ビジネスの実務経験豊富な安永氏に白羽の矢が立った。

経験を買われ、安永氏は本願寺派の経営会議である常務委員会に有識者委員として呼ばれるようになり、都市部での信徒拡大をめざす「首都圏開教プロジェクト」に関わる。そこでの働きが評価され、2015年7月に61歳にして築地本願寺の宗務長に就任した。

宗務長は長年経験を積んだ僧侶が就くのが通例で、まさに異例の登用だった。本人はその経緯をこう振り返る。

「外からやって来ていきなりポジションを得て『これまでとはやり方を変えよう』と言うわけですから、私に対して『なんだあいつは』みたいな声は今だってありますよ。でも『このままではまずい』という認識はみんな持っていましたから」(安永氏)

人生の終局「すべての悩みに応えるワンストップサービス」を目指す

宗務長になって以来、安永氏は新たな施策を次々と展開していった。そのコンセプトは「ワンストップサービス」という言葉に集約できる。

「文化庁の統計などを見ると、なんらかの宗教の信者だと言っているのは成人人口の30~40%しかいない。つまり今までお寺にご縁のなかった人たちが成人人口の6、7割。そういう中で今現在お寺に縁のない人にいかにしてご縁をつくるか。そしてそのうちの1割から2割の方々に帰属意識を持ってもらい、門徒、信者になってもらう道筋を付けるか。そこが私に課せられたミッションなのです」(安永氏)

撮影=飯田一史

具体的な取り組みは以下の4つに整理できる。

【取り組み①】入り口となる顧客接点を増やす

2016年に銀座の中央通り沿いのビル内に「築地本願寺GINZAサロン」を開いた。仏教や様々な人生課題、終活などに関する講座「KOKOROアカデミー」のほか、僧侶が不安や悩みに応える「よろず僧談」を行っている。

【取り組み②】参拝者数を増やす

2017年11月、境内にカフェを新しく設けた。18品が楽しめる朝食セットは朝から行列ができるほどの人気となっている。仏具や雑貨900点をそろえたショップ、ブックセンター、インフォメーションセンターも置いた。狙いは参拝後にもくつろげるような空間づくりだ。

以前から境内にある日本料理店「紫水」にもテコ入れを行い、来客は右肩上がり。寺の本堂に入ってお参りする人、お布施を払ってお経を上げてもらう参拝者数も毎年20%成長を続けている。

【取り組み③】墓の申し込み者を増やす

収入面でインパクトがもっとも大きい事業は、いわば“お墓のマンション”である「合同墓」だ。2017年11月、境内を改装して芝生の山の中に作った。

生前契約ができ、過去の宗教宗派を問わない。自分の没後も墓の管理は寺がしてくれる。残した家族に迷惑をかける心配もない。価格は30万円からで、交通の便は良好。こうした理由から、生前予約も含めてすでに9000人以上から申し込みがあるという。

【取り組み④】接触機会を増やし、縁を深める

安永氏はさらに、この合同墓の契約者を中心に、浄土真宗の教義を「尊重」してくれる(「信じる」までいかなくてもかまわないという)人向けの「築地本願寺倶楽部」という無料の会員組織も作った。