陶芸教室の女性に話を聞き、撮った写真を見せてもらいました。たいちゃんに間違いありません。生ハムと水をもらったあと、どこに行ったのか。周囲を見ると、この敷地内のどこかに身を潜めているのではないかと思いました。

そこで女性が言います。

「いま出ているうちのイヌが、もうすぐ帰ってくるんですよ」

たいちゃんがもしその姿を見たら、おそらく逃げてしまうでしょう。イヌが帰ってくるまでに急いで捜さなければなりません。

裏庭へまわりこむと、すぐに物置にしているという建物に目が留まりました。

捕まって初めて人の気配に気づいたようだ

あたりは暗闇で何も見えませんが、ここにいるという気配を感じます。物置の縁の下に近寄りながら懐中電灯を照らすと、光の輪の中にたいちゃんの姿が浮かびあがりました。

そっと近づいても、ずっと横を向いたまま動きません。

「ああ、耳がもう聞こえていないのかもしれない」

奥へ手を突っ込んでも逃げません。思いきって身体をつかまえ、引きずり出してキャリーケースの中へ押し込みました。たいちゃんはまったく抵抗もせず、捕まえられたときに初めて人の気配に気づいたようで、呆然ぼうぜんとしている状態だったのです。

「たいちゃん、たいちゃーん!」

そのとき通りの方から、奥さんの声が聞こえてきました。静まり返った住宅街に響き渡るようでした。女性にお礼を伝えるとすぐ、私はキャリーケースを抱えて奥さんの方へ急ぎました。

奥さんは道にしゃがみこみ、たいちゃんの名前を叫んでいました。私はキャリーごとそっと手渡しながら伝えました。

「間違いなくたいちゃんですよ。とりあえず元気そうです、よかったですね」

写真=山崎さん提供

自宅の門の前では、仕事から戻ったご主人に迎えられました。世界的に知られる専門分野の会社経営をされているといい、冷静沈着で風格ある雰囲気が伝わってきます。またお姉さん夫婦に加えて、甥御さんも駆けつけてきていました。

無事に戻ったたいちゃんを見て、皆さんはもう号泣しています。たいちゃんのほうはまあ淡々としていましたが、ホッと安心はしていたはずです。リビングに戻り、キャリーケースを出たたいちゃんは5匹のネコたちに迎えられて、すぐ自分のお気に入りの場所に向かいました。